これは昔、敬愛する艦船研究家hush様に差し上げた物である。hush様の許可は頂いていないが、ここに移すと共に手直ししていきたいと思う。
 ドイツから日本に譲渡されたもので「帝国船舶株式会社(昭和15年7月25日、外国船の傭船、輸入の業務を行う国策会社として設立)」がまず、大連で停泊中だった4隻のドイツ船を購入した。売却の対象となった船は、船齢が古く、航続力が短い石炭焚きのレシプロ船などで、柳船には使えないようなものだった。

「Fulda」所有者N.D.L 7,744総トン 1924年建造
  日本名「帝海丸」1940年8月6日受渡 購入価格46万5千弗
  1944年12月30日、フィリピンにて米軍機により撃沈
  「商船が語る太平洋戦争=商船三苣寬梠D史=」
   P467参照
「Bremerhaven」所有者N.D.L 1,614総トン 1920年建造
  日本名「帝雲丸」1940年8月6日受渡 購入価格15万5千弗
  1942年1月1日、リンガエン沖にて触雷沈没
「Saarland」所有者H.A.L  6,725総トン 1924年建造
  日本名「帝洋丸」1940年9月30日受渡 購入価格55万弗
  1943年3月2日、ダンピール海峡にて米軍機により撃沈
「Augsburg」所有者N.D.L 6,512総トン 1915年建造
  日本名「帝龍丸」1940年12月5日受渡 購入価格37万弗
  1944年7月19日、フィリピン沖にて米潜水艦Guardfish
(SS-217)により撃沈

 帝国船舶により傭船されたのは

「Ursula Rickmers」所有者Rickmers Line 5,050総トン 1917年建造
  日本名「帝仙丸」1941年5月28日傭船契約
  1944年5月3日、仏印沖にて米潜水艦Flasher(SS-249)
により撃沈
  「日本郵船戦時船史」P653参照

 ドイツの補給艦(タンカー)として日本にやってきたもの。途中大西洋、インド洋で仮装巡洋艦、Uボートに補給。日本寄港時には南方から石油還送を求められた。日本で艦体整備の後、補給物資を積載さらに南方で補給用燃料を積み、インド洋でUボートへの補給活動を行った。ドイツ支配下のフランスに帰る具体的な計画はなかったが、帰る場合には植物性油脂(大豆油、ヤシ油、パーム油)を積載するようになっていた。

「Charlotte Schliemann」    7,747総トン 1928年建造
  1942年2月23日、アゾレス諸島Las Palms発 1942年10月20日横浜着
  (途中、南方で石油を積み日本に還送)
  1944年2月11日、インド洋にて英駆逐艦Relentless(H-85)
  により撃沈
  「Uボート総覧」大日本絵画 P150参照

「Ukermark」         10,698総トン
  旧名「Altmark」
  1942年9月9日ボルドー発 1942年11月24日横浜着
  (途中、バリックパパンで揮発油6,000トンを積み、川崎で陸揚げ)
  1942年11月30日、横浜港にて爆発事故で全損

「Brake」           9,925総トン
  1942年9月27日ボルドー発 1942年12月23日横浜着
  1944年2月26日シンガポール発 1944年3月12日、インド洋にて
  英駆逐艦により撃沈
  「Uボート総覧」大日本絵画 P150参照
 
 仮装巡洋艦としてやってきたもの

「Thor」        3,862総トン 1938年建造
  1942年1月10日ジロンド発 1942年10月9日横浜着      
  1942年10月30日横浜港にて「Ukermark」「ロイテン」と共に沈没

「Michl」          4,740総トン
                1943年3月2日神戸着
  1943年5月21日神戸発 インド洋、中部太平洋で行動
  1943年10月17日、八丈島沖にて米潜水艦Tarpon(SS-175)
  により撃沈

 日本海軍に譲渡されたもの

「Scharnhorst」所有者N.D.L 18,184総トン 1935年建造   
  1942年6月30日、日本海軍航空母艦に改造決定
  1942年9月21日、呉工廠で改造に着手
  1943年12月15日、航空母艦「神鷹」として完成
  1944年11月17日、米潜水艦Spadefish(SS-411)により撃沈

 当時存在していたが、今ひとつ分からないもの

「R.C.Rickmers」所有者Ricmers Line 5,198総トン 1921年建造
  開戦前より日本支配下地域に存在
 日本名「帝福丸」
  1942年12月22(29日?)日
  犬吠埼沖にて米潜水艦Trigger(SS-237)により撃沈 

「Ermland」所有者H.A.L 6528総トン 1922年建造
  開戦前より日本支配下地域に存在

「Havenstein」所有者H.A.L  7,974総トン 1915年建造
  開戦前より日本支配下地域に存在
  日本名「帝祥丸」
  1944年10月12日、高雄沖にて米空母機により撃沈
  
「Winnetou」       5,113総トン 1913年建造
  開戦前より日本支配下地域に存在。唯一のタンカー
 日本名「帝坤丸」
  1944年2月23日、米潜水艦Pogy(SS-266)により撃沈
  「太平洋戦争沈没艦船遺体調査大鑑」の記載とは違う

「Havelland(Haferland?)」所有者H.A.L  6,334総トン 1921年建造
  「Munsterland」姉妹船
  1943年12月22日、和歌山県沖にて米潜水艦Gurnard(SS-254)
  の雷撃を受け損傷、以後神戸にてドイツ海軍の宿泊船として使用
  戦後、台風により座礁、1946年1月解体
  「世界の艦船No,475」P228参照

「モーゼル?」 8,428トン
  日本名「帝瑞丸」
  1941年12月24日~29日、三菱重工横浜ドックで修理
  1942年8月29日~9月4日、三菱重工横浜ドックで修理
  日本側に傭船、台湾九州間で雷撃を受け撃沈
  「Uボート977」「横浜港ドイツ軍艦燃ゆ」参照