「日本チョコレート工業史」の戦時中の話を読むと中々興味深いもの
があり、特にカカオの代用品で作ったチョコレートがとても面白かった
ので紹介します。チョコレートなど職場に幾らでも転がっていて、珍し
くも無いのですが、戦時中のチョコレート生産については知る由もあり
ませんでした。

 まず初めに、チョコレートの作り方など書いておきましょう。南米原
産のカカオの木から取れるカカオの実、その中にカカオ豆(カカオビー
ンズ)があります。
 1、カカオの実から取り出したカカオ豆を発酵させます。
 2、乾燥
 3、ロースト(焙煎)
 4、磨砕(カカオ豆には約55%の油脂分が含まれます。この油脂分
   をカカオバターといいます。磨砕したものをカカオマスといい、
   カカオマスから適度のカカオバターを除いた物をココアというの
   です。)
 5、混合(カカオマスに砂糖、カカオバターを加え混ぜ合わせます。
これがスイートチョコレート。これに粉ミルクを加えたものがミ
   ルクチョコレートそしてカカオバターに砂糖と粉ミルクを加えた
   ものがホワイトチョコレートになります。)
 6、微粒化
 7、コンチング(精錬)
 8、テンパリング(温度調節)
 9、成型
というのが製造の概略です。

 大正7年、森永製菓が日本で初めてカカオ豆から一貫製造したチョ
コレートを工場生産で作りはじめました。
 戦前、台湾で森永製菓がカカオの木を栽培し、カカオ豆をごく少量
を自給しましたが、ほとんどを南米、アフリカからの輸入に依存して
いました。
 昭和15年12月薬用カカオバター用として輸入されたコスタリカ、
ヴェネズエラ、ドミニカ産カカオ豆29,660kgを最後として昭和25
年5月迄カカオ豆の正規の輸入はありませんでした。(軍需用とくに
陸海軍の航空糧食として、正規の外貨割り当て以外で南米から開戦ま
で購入されていた可能性があります。カカオバターは座薬、軟膏の基
剤として使われます。)

 昭和16年8月、日本チョコレート菓子工業組合と日本ココア豆加工
組合は、国内に代用資源を求めて、それによりチョコレート代用品を作
ることを必要と認め、「ココア豆代用品研究会」を作り、関係各社でそ
の研究を始めました。そして同年12月「チョコレート代用品研究報告」
をまとめました。

 カカオバターの代用品として
 ①ラミオール(ライオン油脂株式会社製品)
  醤油油(醤油製造に丸大豆を使用した場合、大豆の油脂分が分離し
  てでてきます。これを醤油油といいます。なお言うまでもないこと
  ですが醤油は油ではありません。)の硬化油(硬化油とは油脂を反
  応筒で水素添加を行ったもので人造バター、ショートニングの原料
  となります。)
 ②大豆エチルエステルの硬化油(第一工業製薬株式会社製品)
  満州で大量に取れる大豆から作ったものです。
 ③椰子油の脂肪酸のグリコールエステルの硬化油(旭電化研究中)
  南洋諸島など日本の支配下地域での椰子油に期待した物でしょう。
 ④イソカカオバター(大日本油脂株式会社製品)
  これも椰子油の硬化油です。
 ⑤ヤブニツケイ脂
  九州以南、台湾に野生するヤブニツケイ樹の実から取れるものらし
  いのですが、生産量は甚だ少ないらしいです。

 カカオマスの代用品として、百合球根、チューリップ球根、オクラ豆
脱脂大豆粉、決明子、チコリ、菊芋、蕃仔豆、脱脂落花生粉、小豆、大
麦、甘藷、馬鈴薯等が挙げられていますが、そのうち、生産量や他の用
途と競合することなく使えるのは以下の6種だと書いてあります。
 ①百合球根
  鉄砲百合、山百合、鬼百合、姫百合、笹百合等その種類は58種類
  におよび長崎県、鹿児島県、佐賀県、埼玉県、新潟県、沖縄県、千
  葉県、群馬県、兵庫県が主要な生産地で、昭和13年に収穫量5360
  万球、その内3590万球を英米その他に輸出していました。当然
  輸出は途絶し、転作またはコーヒー代用として使われました。
 ②チューリップ球根
  富山県、新潟県、京都府が主要な産地で年産は約320トンでした。
 ③オクラ豆
  錦葵科(ゼニアフヒカ)に属する1年生草木の種子。
 ④脱脂大豆粉
  大豆から、大豆油を抽出し皮を取り除き、粉末にしたもので、きな
  粉臭さがあり使用量に限度があります。
 ⑤決明子(けつめいし)
  決明、望江南、山扁豆の種類、エビスグサの種子、漢方薬
 ⑥脱脂落花生粉
  国内では落花生は千葉県、神奈川県、静岡県、鹿児島県、茨城県が
  主用産地で昭和13年約440トンの生産量があり、中国でも大量
  に取れます。約50%の油脂分を含み、これを抽出し、なお発酵によ
  り独特の臭いを取り除かねば使えないようです。

 そして、もっとも適当であると思われた配合は
                   第1案       第2案
1、百合球根またはチューリップ球根  30%      30%
1、決明子またはオクラ豆        20%      30%
1、脱脂大豆粉または脱脂落花生粉   50%      40%
      合計           100%     100%
だそうです。
 ただし、カカオマス中に含まれるテオブロミンが代用品の中には当然
なく、興奮作用、強心活性などのチョコレートに得意な作用はありませ
んので航空糧食などには使えません。また、代用油脂も消化が良くない
ようです。
 戦前から、蘭印ではカカオの栽培がプランテーションで行われていま
した。生産量は余り多くなく1940年で1550t程度でした。現地
でこれらの農場そして製菓工場を接収した日本軍は、次ぎのように民間
会社に製造を委託しました。
 
 森永製菓は昭和17年10月に、陸軍の要請により、要員50名をジ
ャワに派遣、一部チョコレート機械を同社鶴見工場より輸送し、チョコ
レート関係において、ジャワ最大のテンワルデ・チョコレート工場(ス
ラバヤ市)を管理、経営し、そのチョコレート製品は主に航空糧食とし
て、軍に納入した。
 更に同社は18年12月に、海軍の委ゾクを受けて、要員7名を、ジ
ャワ、スバラヤ市に派遣、前記テンワルデ工場の製品を海軍航空、艦船
部隊等にも納めた。
 明治製菓は、同じく陸軍の要請により、昭和18年12月に社員7名
をジャワに派遣、バンドン市所在のオリンピア製菓工場を指導経営し、
軍の需要に応えて、チョコレート等の製造を行った。主として陸海空軍
の糧食及び甘味品としての板チョコレートの製造に当ったもので、熱帯
地方において溶けないチョコレートは、特殊な方法により、既にこの時
代から作られていた。(純粋なチョコレートは28~32℃位で溶けま
す。つまり売っているコンビニ等のチョコレートは本当は・・・・) 

 なお参考までに1998年、年間日本人一人当りのチョコレート消費
量は1.62kgです。

  引用・参考文献
 「日本チョコレート工業史 附チョコレート及びココア」
   日本チョコレート・ココア協会 昭和33年1月15日発行
 「PCG 2001、12 特集.チョコレート」
   協同組合全日本洋菓子工業会
 「PX Vol No1、No2、日本陸軍航空隊のパイロット食
   高橋 昇」KKワールドフォトプレス 昭和61年
 「明治製菓二十年史」明治製菓株式会社
   昭和11年4月1日発行
 「森永五十五年史」森永製菓株式会社
   昭和29年12月20日発行
 「森永製菓一〇〇年史」森永製菓株式会社
   平成12年8月15日発行
 「天然食品・薬品・香粧品の事典」朝倉書店
   1999年7月10日初版第1刷
 「天然薬物事典」廣川書店
   昭和61年4月15日第1刷発行