「自由」とはなんと美しい言葉だろう。明日、妻は家に帰り、私はまた暗黒の闇の中に閉ざされる。航空燃料の質問にもはや答えている場合ではない。そこで、今日も午前中に時間を作り、プリンスのホームグラウンド「北海道立図書館」に出かけた。ここは札幌の郊外、江別市にある。隣には酪農学園大学があり、のどかに牛が草を食んでいるような場所である。公文書、専門書、一般書を収蔵した道内最大の図書館であり、プリンス好みの戦前、戦時中の専門書も、今のところ読み切れないほどある。
さて今日は幸運なことに、いままでの疑問を解くカギを2つほど見つけた上、図書館から会社に向かう途中、赤信号をアイスバーンのため止まれず、突っ切ることができた。
今日見つけた面白い本は2冊
「独逸人造石油に関する調査」 昭和16年8月9日発行
帝国燃料興業株式会社技術部調査課編纂 非売品
「パレンバンの石油部隊 後編」 昭和57年9月吉日発行
パレンバンの石油部隊刊行会 非売品
である。
前者には次のような興味有る(プリンスにとって)記述があった。
① 1936年、ドイツのガソリン消費量は200万トンを超える。その原料の割合は
原油よりの生産 6%
褐炭タールよりの生産 2%
水添及合成による生産 39%
ベンゾール 36%
アルコール 17%
だった。
② 1938年、ドイツのベンゾール生産量は52万5千トン、内モーター用消費量は44万トン。ベンゾール生産の87%がコークス製造所の生産、残りがガス事業及びタール乾溜事業からである。
③ 1937年、ドイツの燃料用アルコール(ガソリンに混合)の消費量は18万4千トン、これは専売局の総販売高の45.3%を占める。ドイツのアルコールはじゃがいもから作られるが、食糧政策上、生産は制限されている。
④ 占領した白、蘭、仏で年13万トンのベンゾール生産がある。
⑤ エストニアでは頁岩油(シェール油)の生産があり、ドイツは1939年に9万トン、1940年第一・四半期に約20万トンのシェール油を購入した。
この数字の真偽のほどはプリンスにはわからない。
「パレンバンの石油部隊 後編」は名著「パレンバンの石油部隊」の続編である。うかつなことに、今日現物を見るまでその存在を知らなかった。内容はこれからじっくりと精査するつもりだ。それにしても、戦時中、日本で最大最良そして最高の生産量をあげた石油精製所達のことがなぜこうもわからないのだろう。戦後、誰も気にかけなかったのはなぜなんだろう。