とある東北の営業所長に昔書いた「脚気と森鷗外」について「もっと書いたらいいんでないかい。」と2月程前に言われていたのだが、今日、本屋を覗くとこの本が置いてあったので買い求めた。
「鷗外森林太郎と脚気紛争」山下政三
 2008年11月11日発行 日本評論社
 この本は「森鷗外は脚気問題で大変誤解されている。正しい事実をぜひ書いてもらいたい」との要請の元書かれたものである。さらには「兵食問題や脚気問題を精密に検討するには、基礎栄養学、ビタミン学、脚気医学の専門医学の専門知識が不可欠である。それらの知識なくしては、問題の内容を正確に把握できるはずはなく、核心を正しく論評できるはずはない。錯誤におちいるのは必然である。」とある。この本の著者は東大医学部卒、脚気の歴史についての第一人者である。
 さて、分厚い本なので今日目を通す事が出来た所は、日露戦争に関する所だけであるが、一地方の職人風情が見つけた、勘違いを指摘する。昔、座敷牢上で日露戦争中の輜重輸卒の日記について書いたことがあるのだが、この本でも引用されている。「大量に輸送された麦(大麦)が実は第一軍で麦飯として食べられていたのではないか?」と書かれているが、座敷牢上の日記でも書いた通り、これらは全て馬糧であり、おそらく兵は一粒も食べてはいない。よって密かに陸軍のある種の組織が開戦より麦飯を提供する用意をし、脚気対策を図っていた事実は一切ない。今回の信州遠征において、かなり多くの市町村史の日露戦争に関する記述を読んだのだが、基本的には大麦は馬糧として陸軍に買われているところからもそれはうかがえる。
 また、輜重輸卒の脚気に対する被患率が異常に多いのが「待遇(食餌・給養)」の苛酷だった表れである。と書いてあるが、体力、年齢という要素を忘れている。これなども輜重輸卒の制度、当時の徴兵制度に対する理解が充分でないためかと思われる。
 取りあえず今日はパラパラとめくっただけだが、著者の日露戦争に対する知識が今ひとつであり、森鷗外を擁護するには詰めが甘いと感じた次第である。ぜひともwar birdでも覗いてみればいいんでないかい。