某所でガタルカナル戦の時に、海軍はどれくらいのタンカーを集められるか話題になっていた。まあ、どうがんばっても船は用意出来ない(戦争には勝てない)との結論に達したようだが、実は船の用意が出来たとしても載せる重油が無かったという妄想をお話しする。
 日本が支配下に置いた南方の油田並びに製油所、陸軍と海軍に厳密に分割されていた。海軍が取得した地域はタラカン、バリックパパンを中心としたボルネオ島東部だった。この辺は占領時にかなり徹底的に破壊工作を受け、産出量にしても設備的にも陸軍管理下に置かれたパレンバンなどと比べればはるかに劣っていた。そしてパレンバンで製油した重油などは、パレンバン現地では海軍に割愛することは基本的に一切無かった。陸軍管理下地域で生産された石油類ならば、直接現地から本土に向かうタンカーにしろ、集荷地である昭南で積み込まれたタンカーにしろ、国内で陸軍、海軍、民間で協議の上、タンカーごとに3者に割り振られた。なお海軍管理下の石油は海軍の自由になったみたいだ。タラカンの原油は現地で脱水すれば缶用重油として使える優れものであるが、その他の海軍管理下の油田から産出する原油は精製しなければ重油が取れない。そして昭和17年度後半ではこれら海軍管理下の南方の製油所の重油月産量は5万トン以下ではなかったかと想像している。つまり、重油をタンカーに載せようとしたら日本本土の海軍備蓄重油を使うしかないのである。(ミッドウェー海戦のあった6月に海軍が30万トン以上の重油を使い大騒ぎになった。)
 ちなみにこの年の南方からの還送石油の状況をアジア歴史センターから拾い上げた物で紹介する。(一部知っている事を書き足した。海軍の資料は未見である。これが全部でないことは確かだが、正確な事は誰にも分からないだろう。なお、入港地と石油会社名が一致しないものがある。)

到着日時及び入港地 4月11日 横浜(日本石油)
船名        橘丸
積載油内容(竏)  ボルネオ原油 5,100

到着日時及び入港地 5月6日 麻里布(陸軍燃料廠)
船名        快速丸
積載油内容     原油 1,400

到着日時及び入港地 5月上旬 下津(東亜燃料)
船名        北喜丸
積載油内容     スマトラ原油 8,000

到着日時及び入港地 5月(5月8日出港)
船名        東亜丸
積載油内容     原油(バリックパパン)

到着日時及び入港地 6月14日 下津(東亜燃料)
船名        第一小倉丸
積載油内容     ボルネオ原油 11,000

到着日時及び入港地 6月17日 横浜(日本石油)
船名        大瀬(旧船名Zenota 捕獲後本土初回航)
積載油内容     重油 6,000(タラカン)

到着日時及び入港地 7月6日 下津(東亜燃料)
船名        あかつき丸
積載油内容     普通揮発油 15,911

到着日時及び入港地 7月15日 横浜(日本石油)
船名        昭洋丸
積載油内容     ボルネオ原油 11,680(ミリー)

到着日時及び入港地 7月26日 下津(東亜燃料)
船名        高砂丸
積載油内容     揮発油 1,379

到着日時及び入港地 7月27日 大連(満州石油)
船名        東栄丸
積載油内容     スマトラ原油及びボルネオ原油 約12,000

到着日時及び入港地 7月31日(8月3日?) 下津(東亜燃料)
船名        第二小倉丸
積載油内容     原油 6,247 B重油 3,404

到着日時及び入港地 7月31日 
船名        菊水丸
積載油内容     重油 1,577(パレンバン)

到着日時及び入港地 8月3日 元山(朝鮮石油)
船名        国洋丸
積載油内容     スマトラ原油及びボルネオ原油 約12,000

到着日時及び入港地 8月5日 麻里布(陸軍燃料廠)
船名        御室山丸
積載油内容     原油 約12,700

到着日時及び入港地 8月5日 尼崎(日本石油)
船名        サンチエゴ丸
積載油内容     原油及び重油 10,000

到着日時及び入港地 8月5日 横浜(日本石油)
船名        東亜丸
積載油内容     原油 11,800

到着日時及び入港地 8月6日 大連(満州石油)
船名        サンルイス丸
積載油内容     揮発油及び原油 約12,200

到着日時及び入港地 8月8日 麻里布(陸軍燃料廠) 
船名        建川丸
積載油内容     揮発油重油及び原油 約13,700

到着日時及び入港地 8月15日 下津(東亜燃料)
船名        健洋丸
積載油内容     揮発油及び重油 約13,800

到着日時及び入港地 8月16日 川崎
船名        極洋丸
積載油内容     原油 14,908

到着日時及び入港地 8月18日 鶴見(日本石油)
船名        厳島丸
積載油内容     原油 約13,300

到着日時及び入港地 9月2(9?)日 大連(満州石油) 
船名        あかつき丸
積載油内容     航空揮発油 15,950

到着日時及び入港地 9月3日 下津(東亜燃料)
船名        玄洋丸
積載油内容     原油 約5,900

到着日時及び入港地 9月4日 東京
船名        第一小倉丸
積載油内容     B重油 7,525(スマトラ)3,873(昭南)

到着日時及び入港地 9月6(12?)日 下津(東亜燃料)
船名        第二日新丸
積載油内容     原油 約15,000

到着日時及び入港地 9月6日 元山(朝鮮石油)
船名        永洋丸
積載油内容     汚染自動車揮発油 13,110

到着日時及び入港地 9月23日 門司
船名        第二鷹取丸
積載油内容     B重油 415

到着日時及び入港地 9月下旬 横浜(日本石油)
船名        日新丸
積載油内容     原油 約17,500

到着日時及び入港地 9月下旬 川崎
船名        紀洋丸
積載油内容     原油又は製品 約11,000

到着日時及び入港地 10月11日 横浜(日本石油)
船名        佐多丸(海軍給油艦「佐多」)
積載油内容     重油 7,824

到着日時及び入港地 10月13日 門司
船名        共同丸
積載油内容     B重油 1,082

到着日時及び入港地 10月18日 横浜(日本石油)
船名        極洋丸
積載油内容     原油 19,331

到着日時及び入港地 10月20日 横浜
船名        Charlotte Schliemann(独船)
積載油内容     不明

到着日時及び入港地 11月6日 下津(東亜燃料)
船名        さんらもん丸
積載油内容     南スマトラ原油 11,636
          
到着日時及び入港地 11月6日 上海
船名        日南丸
積載油内容     普通揮発油 8,300

到着日時及び入港地 11月7日 上海
船名        大瀬丸(海軍給油艦「大瀬」)
積載油内容     普通揮発油 13,500

到着日時及び入港地 11月10日 鶴見(日本石油)
船名        厳島丸
積載油内容     南スマトラ原油 14,569

到着日時及び入港地 11月11日 青島
船名        永洋丸
積載油内容     普通揮発油13,000

到着日時及び入港地 11月21日 鶴見(日本石油)  
船名        第一小倉丸
積載油内容     南スマトラ原油 10,314

到着日時及び入港地 11月24日 川崎
船名        Ukermark(独船)
積載油内容     揮発油 6,000

到着日時及び入港地 11月26日 上海
船名        あかつき丸
積載油内容     普通揮発油 6,000 航空揮発油 10,000

到着日時及び入港地 12月1日 鶴見(日本石油)
船名        力行丸
積載油内容     セリア原油 13,850

到着日時及び入港地 12月8日 麻里布(陸軍燃料廠)
船名        サンチエゴ丸
積載油内容     スマトラ原油 12,000

到着日時及び入港地 12月19日 麻里布(陸軍燃料廠)
船名        建川丸
積載油内容     セリア原油 12,000

到着日時及び入港地 12月26日 下津(東亜燃料)
船名        黒潮丸
積載油内容     スマトラ原油 16,000

到着日時及び入港地 12月30日 下津(東亜燃料)
船名        あかつき丸
積載油内容     スマトラ原油 15,000

その他可能性のあるものとして

船名 Hohenfriedberg(独船)
1942年6月18日インド洋にて「Thor」(独特設巡洋艦)に捕獲されたノルウェータンカー「Helborg」。日本に回航

船名 Rossbach(独船)
1942年7月4日インド洋にて「Thor」(独特設巡洋艦)に捕獲されたノルウェータンカー「Madrono」。日本に回航

到着日時及び入港地 12月23日 横浜
船名        Brake(独船)
         (9月27日フランス、ボルドー発)
がある。
南方の
海軍地区油田採油量 昭和17年度(18年3月迄) 45.5万トン
陸軍地区油田採油量 昭和17年度(18年3月迄)321.4万トン
海軍地区原油処理量 昭和17年度(18年3月迄) 39万トン
海軍地区重油生産量 昭和17年度(18年3月迄) 18.9万トン
南方還送原油    昭和17年度(18年3月迄)108.2万トン
南方還送重油    昭和17年度(18年3月迄)  8.7万トン
南方還送石油    昭和17年度(18年3月迄)148.9万トン
内海軍取得量    昭和17年度(18年3月迄) 37万トン(25%)
海軍石油消費量   昭和17年度(18年3月迄)485.4万竏

 太平洋戦争における戦利船、その中でもオランダ船籍のタンカーに興味を持った。取り合えず目に付くところを書いてみた(ドラム缶積載のみの物もあるようである)。ノルウェー船籍のタンカーなども興味深いが資料があまり無い。英国船籍の物もまた面白いが、現在「戦前船舶」で英国籍の戦利船のリストを連載しているので、そちらでいずれすべてが明らかになる。

Semiramis  5,000総トン
1942.2.15 Pladjoeにて沈没
日本名 「巨港丸」Kyoku Maru 
 1943.12.27 05°Z-121°22′O
 米潜水艦Ray SS-271により撃沈。飯野海運運航委託

Iris  3,887総トン
 1942.2.15 Palembangにて沈没
 日本名「菊水丸」 Kikusui Maru
1944.10.24 NW van Luzon
米潜水艦Snook SS-279により撃沈。

Anastasia  3,029総トン
1942.3.1 Tj .Priokにて沈没
日本名「武勲丸」 Takekuni Maru
1944.9.10 03°54′N-98°53′O
 英潜水艦Porpoiseの敷設した機雷により沈没。

Paula ( TAN 1)  2,770総トン
1942.3.1Tj .Priokにて沈没
1942.12.24salved
日本名 「あられ丸」Arare Maru 
終戦後残存、シンガポールにて接収

Josefina (TAN 6)  2,594総トン
 1942.3.2 Soerabajaにて沈没
 日本名 「洋制丸」Yosei Maru
 1945.5.13 Java Zee
米潜水艦Baya SS-318により撃沈。飯野海運運航委託

Aldegonda (TAN 5)  2,087総トン
 1942.3.2 Soerabajaにて沈没
 1943.9.7salved
 日本名 「愛天丸」Aiten Maru
 終戦時残存。三菱商事船舶部運航委託

Ambo  7,691総トン
 1942.3.6 Soerabajaにて沈没
日本名「帝海丸」 Teikai Maru
1944.12.30 Lingayen Golf
 空爆

Mampawa (BEN 4) 468総トン
1942.3.6 Tjilitapにて沈没
日本名 Harufuji Maru
 終戦時残存、シンガポールにて接収

Pendopo ( TAN 4) 5,209総トン
1942.3.2 Soerabajaにて沈没
1943.7.30salved
日本名「永芳丸」 Eiho Maru
 1945.1.12サンジャック河口にて空爆により撃沈

Angelina   2,086総トン  
 1942.3.2 id
 日本名「安城丸」 Anjo Maru
 1944.9.28 13°16′N-120°08′O
 米潜水艦Bonfish SS-223により撃沈。

Juno (TAN 2)    2,345総トン
 1942.3.2 Soerabajaにて沈没
 1942.10.10
 日本名 「油野丸」Yuno Maru
 1945.4.30 00°58′Z-104°31′O
米潜水艦Guitarro SS-363の敷設した機雷により沈没。三菱商事運航委託。

Poseidon  696総トン
 1942.3.6 Tjilatjapにて沈没
 日本名 「豊成丸」Hosei Maru
 1945.4.10 Straat Soenda
 蘭潜水艦の砲撃により撃沈。三菱汽船運航委託。
 ドラム缶約1,300本積載可能。

Zenota 7,986総トン
 1942.5.9インド洋にて「報国丸」「愛国丸」により捕獲
 日本名 「大瀬」Oose
 1944.3.30パラオ島にて撃沈
 
参考文献
「Schepen van de Koinklijke Marine in W.O.Ⅱ」
    Chris Mark
「ONZE MOOISTE KOOPVAARDIJSCHEPEN DEEL 6
VAREN VOOR DE VRIJHEID (Ⅱ)1939-1945 」
「船舶砲兵」
「続船舶砲兵」
「戦前船舶」
「太平洋戦争沈没艦船遺体調査大鑑」