石炭乾溜(高温乾溜、コークス製造、ガス、都市ガス製造)において、生成・分離されるトルエン(トルオール、爆薬原料)を取得すると、燃料(自動車、航空)であるモーターベンゾールの取得量が減るのではないかとある方から指摘いただいた。そこでさっそく資料を調べて見た。
 石炭を乾溜した場合、コールタールとガスとコークスが生成する。トルエン並びにモーターベンゾールはガス中から分離された軽油(粗製ベンゾール?)にほとんど含まれる。昭和12年、日鉄の室蘭輪西町工場(コークス工場)の生産量で見てみると
装入炭量     375,057トン
軽油生産量      5,432トン
ベンゾール類生産量  3,214トン
コールタール生産量 14,171トン
となる。
昭和12年の日鉄八幡製鉄所では
装入炭量      2,491,611トン
粗製ベンゾール生産量   30,654トン
ベンゾール類生産量    20,384トン
コールタール生産量   110,331トン
純トルオール生産量     1,583トン
モーターベンゾール生産量  7,744トン
となる。    
 さらに満州は鞍山の昭和製鋼所の生産状況をみると、昭和12年
ベンゾール生産量   9,192トン
タール生産量    45,419トン
となる。また、当所での粗タール(コールタール、無水)からの各種製品収率は
軽油       1%
中油      14%
重油(A,B共)15%
粗ナフタリン   6%
粗アントラセン  2%
ピッチ     50%
損失       3%
となり、コールタール中にはトルエンはあまり含まれないことが分る。
そして、ベンゾール製品の対軽油収率は75~78%。ベンゾール製品中の各種製品割合は、
純ベンゾール    66~70%
純トルオール      6~8%
キシロール       3~4%
ソルベントナフタ    5~6%
モーターベンゾール 12~20%
となり、モーターベンゾールとトルエンの生産は独立したものであることがわかる。
 また、日本、ドイツでの人造石油生産の主要な手段であった石炭の「低温乾溜」で出来る「低温タール」では、コークス製造などの「高温乾溜」と違い、生成される炭素化合物も直鎖状のものが大半を占め、トルエンなどの芳香族の炭素化合物は少ないらしい。ということで、石炭由来の燃料(自動車、航空)生産はトルエン生産を阻害しない。ただし、日本では、石炭生産そのものの絶対量が少ない為、燃料もトルエンも充分に生産出来なかったのである。