アルメデレール以前 番外 (フランス軍機名鑑)

 第一次世界大戦の航空戦はまるで外国のドラマです。どんな俳優が出演していてもそれが何処の誰だかよくわかりません。邦画のように配役で雰囲気を掴むことが難しく、特に思い入れも無い役者達が何を演じても「そんなものか」という気分です。そこで番外としてここで紹介した飛行機について若干の解説を付け加えようかと思います。細かい性能や開発経緯はちゃんとした本で読んで戴くとして、勘所のみをご紹介します。

 最初はファルマンです。モーリス ファルマンシリーズは開戦時のフランス軍主力機です。これを「モ式」として大量に使用した日本軍でも「こんな凧みたいな飛行機」と自嘲されるように、飛行性能も凡庸なら軍用機としての頑丈さも持っていません。特に構造的な弱さは前線での事故多発に繋がって乗員からは呪いの対象となっています。こんな飛行機が軍用機として大量に使われた理由はただ一つ。「他の飛行機がもっと駄目だから」です。同世代の戦前民間機ベース軍用機は大概、何か癖があり、ブレリオ単葉機のように操縦に危険が伴い、乗員が揃って転属を申し出るようなエピソードを持っていたりします。ライトフライヤーに毛が生えた程度で戦闘に臨んだその勇姿はネットなどで御覧ください。

 ファルマンに比べるとヴォワザンはかなり近代的に見えます。けれどもヴォワザンを先に見てしまうと胴体はブリキの乳母車のようでどうにも軍用機らしくありません。ファルマンやコードロG3など、この時期の軍用機は胴体後部に発動機とプロペラを配置したプッシャー式が多く見られますが、この型式の実用面での利点は前方に射撃ができることや視界などではなく、潤滑油を撒き散らしながら回っていた発動機とプロペラがとりあえず乗員の背後に居てくれることにあったようですが、後方でプロペラが回っているために後方を射撃できないという偵察機、爆撃機として致命的な欠陥をもたらしています。ヴォワザン2、4はフランス軍初の爆撃機として大量に使用され、1917年初頭まで前線で使われ、その後もイタリア戦線などでは爆撃機として使用され続け、1918年の休戦時にも後方部隊ではまだ飛んでいます。性能面での改良も試みられましたが、誰でも予想がつくように無駄な努力に終わっています。とはいうもののフランス軍で初めて敵機を撃墜した機体でもあり、1914年のフランス軍では最良最強の軍用機です。

 ソッピース ストラッターはイギリスの飛行機ですが、まぎれもなく戦争後半のフランス軍主力戦術爆撃機です。ファルマン等と同じくソッピースが戦前に作り上げたソッピース タブロイドを拡大改良したもので、牽引式配置の平凡な複葉機だったことが幸いして軍用機としての実用性は十分にありましたが、この機体がフランス軍に採用されたきっかけは搭乗員養成の破綻から本機を装備したイギリス海軍航空隊が機材をフランス軍に移管して帰国したことです。ファルマン、ヴォワザンよりも性能の良い本機を高く評価(ファルマン、ヴォワザンが悪過ぎた)したフランス軍総司令部は国産化を強く要求し、1918年の休戦までに4500機もがフランス国内で生産されています。その結果、複数社にまたがる突然の大量ライセンス生産はフランス軍新型機の開発と配備に深刻な影響を与えてしまいます。1917年から休戦まで大量に使われ、ブレゲーやサルムソンが配備されてからも野戦軍指揮下にある飛行隊群は1918年4月時点で砲兵観測機型395機、爆撃機型47機を第一線で使い続け、予備機も大量にストック(約1000機もあった!)されていました。さらに操縦性に優れた本機は既に生産を停止したイギリスが逆輸入して艦載機としても使用されています。無事これ名馬の典型ですが、爆弾搭載量100kgというどうにもならない要目(設計ではなくクレルジュ120馬力相応ということ)が全ての努力を水の泡と化しています。そして戦闘機隊にとってさえ強敵のフォッカーD7が飛ぶ1918年初夏になって、捨てる程あるからという理由だけで本機を配備された新編成のアメリカ軍飛行隊(練習部隊だけでなく実戦部隊も)は不運としか言い様がありません。

 話は変わって、ニューポール11は戦争中盤のフランス軍主力戦闘機です。これもソッピースと同じように奇を衒わない普通の複葉複座機をベースに小型化した単座機で、戦前の匂いがプンプンするフォッカーE1~E3よりも確実に軽快な飛行機でしたから1915年秋から翌年秋にアルバトロスD1が出現するまでの一年間は文字通り最強の戦闘機です。たとえプロペラ回転面を避けて主翼上に取り付けた弾倉交換もおぼつかない機関銃1挺が頼りでも、フォッカーのような故障だらけの同調装置が無い分、逆に武器として信用できたのです。11の改良型が17ですが、性能は向上したものの1917年頃になるとさすがにニューポールの魔力は薄れてしまいます。アルバトロスも改良されてD3となり、もともと基本設計が新しい分だけちょっと飛行性能が良かったのです。そして速度の向上したアルバトロスD5を追尾することもできません。

 ニューポールとしては150馬力の新しいグノーム シングルバルブ発動機を搭載した新型機を1917年内に量産する予定でしたが、こうした新発動機は大概、開発が遅れます。1918年に入ってようやく量産されたグノーム シングルバルブを搭載した新しいニューポール28はフランス軍の機種統一政策によって主にアメリカ軍に供与され、アメリカ陸軍航空隊は185馬力のフォッカーD7に150馬力の「新型ニューポール」で勇敢に立ち向かうという試練を与えられます。箱絵が美しいレベルの1/72 WW1シリーズにニューポール28のキットがあるのはこうした事情です。外見はスマートで美しい戦闘機です。同シリーズのスパッド13もアメリカ軍仕様なのは単なるお国贔屓というより「こっちが欲しかった」との恨み節かもしれません。

 そのスパッド13はフランス軍戦闘機の王道を行く高速機です。アルミ製シリンダーブロックを持つ近代的なイスパノスイザ発動機の量産で実現できたスパッド7は、戦前と縁の切れた初のフランス戦闘機でしたが、画期的水冷発動機の約束事のような不具合多発と生産停滞によって量産が遅れに遅れ、1916年夏にはフランスのエース、ギヌメールが搭乗して実戦投入されているのに翌年まで本格的配備ができません。当初の150馬力から180馬力に換装されたスパッド7はアルバトロスの好敵手として活躍しますが、本命の減速装置付き220馬力イスパノスイザを搭載して前方銃をドイツ軍並みの2挺に強化したスパッド13が大量に配備されるまで、フランス軍は不本意ながらニューポール17を併用し続けます。戦争後半のフランス戦闘機隊はとっくに個人主義を捨てて編隊戦闘を基本としていますから、ニューポールの併用はフランス軍内で単機格闘戦が重視されたからではなく、スパッド13への機種統一ができない故の苦肉の策でしかありません。それが証拠にニューポールが準備した全くの新鋭戦闘機は日本陸軍も長く愛用したニューポール29「高速重戦闘機」です。

 スパッドについて製造会社のモニター的立場にあったギヌメールは「150馬力イスパノスイザでは性能不足。180馬力への換装が必要。そしてドイツ軍機並みの重武装(前方銃2挺)でなければ火力で圧倒されてしまう。」と前線から書き送っています。またフランス軍中央も上昇力に優れるアルバトロスに対して150馬力では劣勢で、180馬力は必須。そしてアルバトロスも発動機を換装して来るのは明白なので220馬力装備の新型機を早期に配備する必要があると認識しています。第一次世界大戦でも戦闘機の開発は大馬力発動機の開発そのものです。

 こうしてスパッド13はスパッド以外のブレリオ、ルバッソール、ベルナール、ケルナー、軍直轄工場などでライセンス生産され、4000機以上が完成しています。それぞれ機体の細部やマーキングが微妙に違いますが、零戦だと大騒ぎになるこうした特徴も相手が第一次世界大戦機だと落ち着いたもので、国内には論争一つ起こりません。じつに平和で結構なことです。

2月 18, 2010 · BUN · 4 Comments
Posted in: フランス空軍, フランス空軍前史, 第一次世界大戦

4 Responses

  1. みぎー - 2月 21, 2010

    最後の2行w

  2. おがさわら - 2月 21, 2010

    この記事、このシリーズの中で一番面白いんじゃないの?w
    やはり写真がないとつらいので英語版Wikipediaのリンクでも貼ったらどうでしょ。

    ファルマン
    http://en.wikipedia.org/wiki/Farman_MF.11

    ヴォワザン
    http://en.wikipedia.org/wiki/Voisin_III

    ソッピース ストラッター
    http://en.wikipedia.org/wiki/Sopwith_1%C2%BD_Strutter

    ニューポール11
    http://en.wikipedia.org/wiki/Nieuport_11

    ニューポール17
    http://en.wikipedia.org/wiki/Nieuport_17

    ニューポール28
    http://en.wikipedia.org/wiki/Nieuport_28

    スパッド13
    http://en.wikipedia.org/wiki/SPAD_S.XIII

  3. さとう◎ - 2月 23, 2010

    ファルマンの写真を見て、空飛ぶ棺桶という言葉がすっと入ってきました。

  4. BUN - 2月 25, 2010

    みぎーさん

    最後の2行ですか。
    なるほど。

    おがさわらさん

    ありがとうございます。
    お手間を掛けました。

    さとう◎さん

    思いますよねぇ。

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