「夏休み特番」 メルダースとガーランド 4

  メルダースとガーランドをめぐる逸話のなかで有名なものがガーランドの「スピットファイア発言」です。1940年のバトルオブブリテンで戦っていたメルダースとガーランドに向かってゲーリングが彼らの希望をたずねると、Bf109の馬力強化という建設的ではあるけれども真面目過ぎてあまり面白くない要望を述べたメルダースに対して、皮肉屋のガーランドは空軍元帥に対して平然と「スピットファイアを1個中隊欲しい」と言ってのけたというものです。

  優等生のメルダース、バンカラなガーランドという強烈なコントラストが面白く、そのために非常に有名な話ですが、この話はどこまで本当なのでしょう。そもそもメルダースとガーランドは戦闘機戦術では対立していなかったはずです。ガーランド本人も「自分はメルダースから学んだ」と述べていますし、バトルオブブリテンでの立場もよく似ていますし、成績もほぼ同等という双子のようなエースです。

  ガーランドがBf109の飛行性能強化を望んでいなかったはずはありませんし、スピットファイアのような傾向の戦闘機を好んだとも思えません。しばらくしてBf109Fが配備された際にその武装が減らされたことに強い不満を述べて特別仕様の武装強化機を受領したガーランドが機関銃だけで炸裂弾も発射できないスピットファイアMk.Iを羨んだとしたら、それは筋の通らない話だからです。しかもガーランドはドイツ空軍でおそらく初めてスピットファイアを撃墜したエースであるはずですし、その後もスピットファイアを撃墜し続けたドイツ空軍で一番のスピットファイアキラーなのです。

  この話は「ドイツ空軍がバトルオブブリテンに敗北した」という後世の認識があってこそ納得できるものではないかと思います。負けつつある前線で、優位に立つ敵戦闘機を望んでみせることでドイツ空軍中枢の戦略そのものを批判する前線指揮官といった図式で眺めるとなんとなく説得力があるようです。けれどもそれは当時の状況から見れば不自然きわまりない発言です。メルダースもガーランドも困難な闘いであることは認識していたでしょうが、敗北感に打ちひしがれていた訳ではありません。「敵戦闘機の方が優れているのであの強い戦闘機をくれ」などという敗北主義的発言を空軍元帥に向けて言い放つことは軍人としてあり得ない態度ですし、ガーランドの男を下げ、部下たちの信望を裏切る行為です。そんな行き当たりばったりで無責任な発言をしていたら戦闘機隊指揮官という仕事が務まる訳がありません。

  ではなぜ「スピットファイア発言」が生まれたのか。
  その理由を明らかにするためは発言の前後に何が語られていたかを知る必要があります。そもそもこの話はメルダースやガーランドの人柄が表れるようなものではなかったのです。ゲーリングとの会話は短いものでしたが、そのときの話題は爆撃機の護衛問題でした。ガーランドもメルダースも同じように爆撃機の護衛に関しては爆撃機に寄り添って同等の速度で飛ぶ直掩任務と、爆撃機の前方を飛んで敵戦闘機を積極的に撃退する制空任務とを明確に区別していました。日本海軍の零戦隊も同じような戦術を採っていますし、当時としては常識的な考え方です。そして爆撃機にとっては視界内に戦闘機が留まってくれる直掩方式は極めて心強いもので評判が良く、爆撃機から見えない遥か前方で戦う制空方式は頼りなく不安な印象を与えるという点も世界各国で変わりありません。

  ゲーリングはバトルオブブリテンの損害から戦闘機隊の活動に疑念を持ち始め、爆撃機隊から事情を聴取した後でメルダースとガーランドに面会しています。このときのゲーリングの主張は極めて爆撃機隊寄りの内容で、戦闘機隊は爆撃機隊を離れて制空戦闘を行うのではなく、爆撃機に密接に随伴する直掩方式を採用すべきだというものでした。このようなゲーリングの主張はバトルオブブリテンでのゲーリングの見識の無さ、傲慢さを語る材料として広く知られています。

  けれどもメルダースもガーランドも直掩任務を無視していた訳ではありません。ガーランドは自らグルッペの1/3を直掩に振り向け、残りを制空任務に就かせるのがセオリーだと述べています。戦闘機指揮官たちにこうした認識がある上で、ゲーリングはもっと直掩を増やせと言っているのですが、戦闘機隊には戦闘機隊の主張があり、メルダースは直掩任務を完全否定することはありませんが、爆撃機と同じ速度で飛ぶことで空中戦での優位を自ら捨てることになり、直掩を増やすことは空中戦で不利であると主張します。

  そんな話の流れがあってゲーリングの直掩強化要求に対してメルダースとガーランドは「もし、それを実施するのであれば」という観点から発言しています。「直掩を強化するのであれば、君たちはどんな装備や支援を望むのか」といったゲーリングに対してメルダースとガーランドがそれぞれ自分の意見を述べたのが「スピットファイア発言」なのです。

  メルダースは爆撃機の飛行高度がますます高くなる傾向にある中で、Bf109Eの高高度性能をより高める必要があると考えて「Bf109E-4に出力強化型のDB601Nを装備したE-4Nを部隊に行き渡らせてくれ」と発言し、爆撃機に随伴することで失われる速度の優位を補おうと考えています。

  一方、ガーランドは、低速の爆撃機に随伴するのであればBf109Eよりも翼面荷重が小さいスピットファイアの方が有利なので、直掩任務を主体にするのであれば高速重武装のBf109Eの利点を捨てて「スピットファイアにでも乗るしかない」と、Bf109Eがこうした任務に不適であることを指摘したのです。それはそれで度胸のある発言ではありますが、意味するところが明快なテクニカルな話で、「スピットファイア発言」が翼面荷重のたとえ話だったことを戦後にガーランドが自ら語っています。

  メルダースもガーランドも戦闘機指揮官としてはどちらも同じような考え方をするドイツ空軍のエリートで、主張に戦術思想的な違いはなく、それでもどちらかと言えばガーランドの方が「ひと言多い」性格であるところがやはり「ガーランドらしい」のかもしれません。

8月 8, 2009 · BUN · 11 Comments
Posted in: ドイツ空軍

11 Responses

  1. ササコー - 8月 9, 2009

    いつも興味深く読まさせて頂いております。(纏まったら書籍化希望です)
    主題が制空と直援だからなのか、航続距離云々は話題にならなかったんですかね。ドイツは戦略爆撃機がないから爆撃隊の脚の長さも似たようなもので、とりあえず目標上空までは到達出来てるので問題なかったのでしょうか?

  2. BUN - 8月 9, 2009

    ササコーさん

    御感想ありがとうございます。
    おっしゃる通り、ガーランドはやはり航続距離を気にしていて、直掩任務はBf110さえマトモならあれに任せたかったと言っていますね。
    爆撃機にしてもDo17もHe111も立派な戦略爆撃機なんですが、これらは「対フランス用」だった訳です。この辺の話も、始めるとまたまたクドいんですけれども・・・。

  3. 出沼ひさし - 8月 16, 2009

    戦前の双発爆撃機に期待されていたことを考えれば
    「バトルオブブリテンの損害から戦闘機隊の活動に疑念を持ち始め」たり、「主張は極めて爆撃機隊寄り」なのも不自然ではないですね。

  4. BUN - 8月 16, 2009

    出沼さん
    いらっしゃいませ。
    バトルオブブリテンでのゲーリング批判は主に戦闘機隊からのもので、これを爆撃機部隊から見たら喝采ものなんじゃないか、という視点は大切ですよね。空軍の主体が爆撃機部隊にあるのは当時の空軍にとって当たり前の姿ですから。

  5. ねこ800 - 8月 16, 2009

    ガーランドの様な一言多い人って個人的には好きですねwww

  6. BUN - 8月 16, 2009

    ねこ800さん

    私もそう思います。ゲーリングもガーランドもその見識という点では五十歩百歩なんですけれどもね。

  7. ねこ800 - 8月 16, 2009

    とはいえ、空軍元帥が一介の現場指揮官と五十歩百歩の見識だと困りますよねえ

    ただ、ゲーリングの見識とされているものは空軍の幕僚の検討結果で、空軍の公式見解に過ぎなかったんじゃないかとも思うんですよ。

    だけど、ゲーリング自身の人格的な問題が非常に悪い方向に働いてしまって、ゲーリングの不見識とされてしまったんじゃないかなあと想像します。

    ところで、ゲーリング自身はどういう回答が欲しかったんでしょうね???

  8. BUN - 8月 16, 2009

    おっしゃる通りですね。
    ひょっとしたらゲーリングは彼等の話す内容よりも、先輩の戦闘機エースに対する尊敬の眼差しが一番欲しかったんじゃないでしょうか。

  9. ペドロ - 8月 17, 2009

    それで結局この論争はどんな決着を迎えたんでしょう?
    直掩と制空に当たる戦闘機の配分はどの程度変更されたんでしょうか?
    また、バルバロッサ以降の東部戦線の航空戦の中ではこんな話しは出なかったのでしょうか?

  10. BUN - 8月 22, 2009

    ペドロさん

    結果は史実の通り、なのでしょう。

    二人とも明確な反論はしていませんので論争ですらないのです。

  11. ねこ800 - 10月 24, 2009

    なっとくですwww

    (_≧Д≦)ノ彡☆ばんばん

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