幻の鉄道爆撃作戦

 この場でダメだ、ダメだという話ばかりを繰り返して来ましたので、第二次世界大戦直前の連合国空軍とはいかにダメなものなのかとため息をつかれる方もあることでしょう。今回も少し見込みのあるような、やはり救いの無いような話を続けさせていただきます。御用と御急ぎでない方だけどうかお付き合い願います。

 第二次世界大戦直前の1939年にはさすがに再軍備の遅れていたフランス空軍も、いざドイツ軍の低地諸国への侵攻作戦が開始された場合どのように対処すべきかを真剣に検討し始めます。しかしフランス空軍の戦術航空部隊は未だ近代化を果たせず、実質的な戦力としてはイギリス空軍の派遣部隊を頼らねばなりません。そこでフランス代表団がイギリスに渡り、互いの空軍による協同作戦の検討が繰り返されます。

 1939年春にフランス空軍代表団が示した低地諸国侵攻への対応は次のようなものです。ドイツ軍がマジノ線の側面を迂回する形でオランダ南部とベルギーを経由する侵攻作戦を実施した場合の協同作戦としてフランス空軍はドイツ軍が攻勢開始前の集結段階で、

・主要道路を移動中のドイツ地上軍を攻撃する
・作戦地域の鉄道拠点を破壊する
・ドイツ空軍への攻撃による連合軍地上部隊への空襲緩和

といった提案を行い、両国空軍が協同してドイツ爆撃機部隊を弱体化させるために各航空基地に20トンの爆弾を投下することで侵攻作戦を大幅に遅延させることができると主張します。

 しかし、これに対して、イギリス空軍側はドイツ空軍の主要基地を特定できないことと、その候補基地数があまりに多いことから、それよりもドイツ航空工業への戦略爆撃によってフランス空軍が最も恐れる高性能爆撃機Ju88(当時は情報のみの存在)の生産を阻害することが最も有効ではないかと主張します。イギリス側の主張は以前のイギリス空軍の爆撃計画WA-1によく似ていますが、ターゲットを特定できない以上、実施困難との意見です。

 そしてイギリス空軍側の見解がフランス側と大きく異なった点は、ドイツ軍の集結時期についてです。イギリス側は事前にドイツ地上部隊の集結を察知することは不可能だろうと判断しているので、フランス側の主張に乗り気にならないのです。しかもイギリス空軍は独自の演習結果から敵航空基地の破壊に必要な爆弾投下量はフランス側の予想よりも遥かに多いことを実感しています。フランスの積極姿勢、イギリスの消極姿勢によって意見が真っ二つに分かれるのは両国空軍の認識が根底で食い違っていたためです。

 けれども鉄道拠点の攻撃に関しては、もう少しのところで協調が見出せそうになります。フランス側が提案した鉄道拠点攻撃計画は、18本の基幹線と17の支線を選定しこれに攻撃を加えることで侵攻作戦を頓挫させようという発想ですが、イギリス空軍でもそれ以前からドイツの鉄道拠点の攻撃によってルール地方の工業地帯を麻痺させようという戦略爆撃計画がWA-5と名付けられて研究されています。その研究過程で、当時のドイツ国鉄が機関車と車輛の慢性的な不足に悩んでいることや、線路修復能力が意外に低いことなどを掴んでいましたから、昼間精密爆撃による10箇所の最重要路線の破壊と夜間爆撃による数箇所の鉄道拠点の破壊作戦がWA-5bと名付けられます。フランス空軍とイギリス空軍の計画が最も近づいた点がこの鉄道攻撃計画でした。

 それでもイギリス空軍はフランス空軍に同調しません。ドイツ軍の低地諸国侵攻を集結前に頓挫させようというフランス軍の計画にイギリス空軍がどうしても乗って来ない理由はもう一つあります。それはイギリス爆撃機コマンドの実戦力でした。

 フランス空軍の主張する作戦はドイツ国内の目標を含み、フランス国境から最大150kmの侵攻を行わなければなりません。この距離は当時のフランス戦闘機が護衛するには苦しい距離で、しかもフランス空軍の爆撃機はまだ世代交代を果たしていませんから戦闘機の護衛無しでの爆撃作戦はフランス空軍自身が困難であると判断しています。そのため、作戦に必要な昼間の反復攻撃を実施するのは主にイギリス空軍のブレニム双発爆撃機とバトル単発軽爆撃機になりますが、イギリス空軍は機種更新の最中にある爆撃機コマンドをこの作戦ですり潰すことはとても耐えられないと考えます。

 フランス空軍は自ら実験を行い、低空爆撃によって50キロ爆弾であってもバラスト、枕木、レールを破壊することは容易であることを確認してフランス案の採用を求めますが、イギリス空軍は鉄道拠点への夜間爆撃のみに合意します。この作戦はイギリス空軍にのみ不公平に負担が大きいと判断されたのです。

 こうした対立が解決しないまま1939年9月1日のポーランド侵攻を迎え、さらに1940年5月10日のフランス侵攻をも迎えてしまうのですが、実際にドイツ軍の侵攻が開始されてみるとイギリス空軍が危惧した通り、セダン突破に向けて進撃するドイツ地上軍への阻止攻撃は爆撃機部隊の壊滅という惨憺たる結果に終わります。ただ、フランス側が主張した全面的な航空攻勢に出なかったことで救われたものが一つだけありました。それが爆撃機コマンドの基幹戦力です。イギリス空軍はフランス崩壊後、これを基礎に反撃を開始します。

11月 4, 2008 · BUN · 2 Comments
Posted in: フランス空軍

2 Responses

  1. king - 11月 24, 2008

    面白いです。すばらしい厚みと内容です。こんなに頻繁に更新されていて凄いです。これからもお願いします。

  2. BUN - 11月 24, 2008

    ありがとうございます。
    なんと、こんなどうでもいいような話で面白がって戴けますか。
    うれしい限りです。

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