マーリンとアリソン 2

英国は1930年代後半に世の中がきな臭くなって来たあたりから、戦時の飛行機増産体勢をどう準備するかを悩んでいた国です。1940年のバトル・オブ・ブリテン当時、戦闘機生産がドイツの二倍であったことなどは「国力の差」といった適当な話では説明できません。
 これは「準備していたから出来た」というしっかりした原因とその結果のある話で、いくら大英帝国が立派でもやってないことは出来ないのです。

 1940年に入り英国の使節団が送り込まれてアメリカに航空エンジン生産を委託することが決まる前、1930年代末の段階で米空軍は英国のマーリンについての研究を行っています。

 米軍のマーリン評価はここから始まり、持ち上げたり、疑ったりを繰り返します。
 V-1710とマーリンを最初に比較した研究で米空軍はV-1710をターボ過給器装備前提としています。P-38やP-39原案のようにターボ過給器付で使う予定だったからですが、こうした比較ではマーリンについては高高度性能も離昇出力も劣っていましたからあまり高い評価はありません。

 しかしその後、1940年に入るとV-1710の性能向上をターボ過給器で行うという方針に加えて機械式過給器の性能向上によっても狙う方針が生まれます。P-39からターボ過給器が外されたのはこの動きを反映しているのですが、このとき機械式過給器装備のV-1710とマーリンの比較が行われ、機械式過給器エンジンとしては優秀なマーリンへの評価が一気に高まり、P-38やP-40へのマーリン装備研究が開始されます。
 

 そんな空気の中で1940年9月に決定したパッカードへのマーリンエンジンの発注は前に書いた通り、英国向け援助で6000基、その50%を米国向けに生産するという取り決めにより3000基がV-1650-1として契約されています。しかしパッカードがマーリンの生産ラインを立ち上げるには時間が掛かり、本格的生産開始は1942年になります。無理はありませんがそれなりの月日ではあります。

 この時間差が米空軍の態度を微妙に変えてしまいます。マーリン優位の評価にアリソン側も自主的に開発計画を繰り上げて二段過給器装備の新型アリソンを開発日程に上げて来た上にV-1710をE、Fシリーズといった、従来の欠点だった脆弱なクランクケースや特異な減速装置などを改めた根本改良型を送り出せるようになったからです。

 しかも米空軍内では「英国がマーリンの生産を押し付けておいて、自国ではより高性能の2000馬力級エンジンであるネピア・セイバーの生産に集中しようとしているのではないか」、そして「二線級となる予定のマーリン生産をアメリカに任せるのはアメリカ航空工業の水準を疑い、検証するためではないか」という疑念も生まれ、「マーリンは旧式になりつつあり、これに予算を投じても無駄で、米空軍はアリソンに集中するべきである」といった考えが力を持ちます。

 こうしたマーリンと英国への不信は1943年まで尾を引き、二段過給器装備のマーリン60シリーズの生産が開始されようという頃でさえ、マーリン61装備のスピットファイアは性能的にP-38と同等以下の存在でしかなく、しかもマーリン61はその性能が安定していないただの試作品だという評価も生まれています。事実、1943年春のパッカード製マーリン61の生産はちょうど同じ年に量産へ移行しようとしていた某国の「誉」20型量産初期なみの状態で、一日に1基完成すれば上等、といった状態だったのです。

 1942年初頭のこんな雰囲気の中で二段過給器付アリソン搭載の期待の新鋭機計画として意識されていたのがXP-39E計画から発展したP-63です。この機体が新型アリソン搭載の高性能邀撃機として配備されていれば「アリソンはマーリンに劣る」という一般の評判も生まれなかったのでしょうが、量産に入っただけ他の新型アリソン装備試作戦闘機計画よりはマシではあっても、航続力の不足(邀撃機としての上昇性能を優先したために燃料搭載量が小さい)や、大陸反攻の日程に配備と訓練が間に合わない等の理由でP-63は米軍の第一線に供給されずにソ連へ送られてしまいます。

 37mm砲装備の重武装でありながら上昇力に優れ、層流翼を採用して速度も一流のP-63は本来であればFw190D-9やBf109K-4などより性能面でも技術面でも優秀な戦闘機ですが、ソ連に送られたばっかりに人にも知られず名声も定着しません。

 これは不運としか言い様がなく、結局、二段過給器装備のマーリンがP-51Bに搭載されて全ての栄誉をかっさらってしまったのですからアリソンV-1710というエンジンも二段過給器装備型があるのに「無い」と思われてしまう、つくづく不幸なエンジンです。

4月 9, 2008 · BUN · No Comments
Posted in: 発動機

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