アメリカ戦艦の辿った道 9(戦艦部隊の黄昏)
「アメリカ海軍の中で太平洋戦争中も戦艦の地位は揺るがなかった」と唐突に言われても、そうそう素直に頷けません。開戦以来、真珠湾では航空攻撃で太平洋艦隊の主力戦艦が壊滅的な損害を受け、マレー沖ではイギリス海軍の誇る新戦艦と高速巡洋戦艦が陸上攻撃機によって撃沈されるなど、戦艦の地位はガタガタに低下したはずですし、それが証拠に戦争後期のアメリカ戦艦は水陸両用部隊の上陸を支援する巨大な砲台としての役割を担うか、速力で空母に追随できる新戦艦は空母の護衛として強力な対空砲火で日本陸海軍機の攻撃を撥ね退ける防空艦として活躍したのですから、どう考えても戦艦のステイタスは戦前とは180度異なる、空母と地位を逆転した存在に変容していたはずです。
戦史に記録された戦艦の戦術的な効果は確かにその通りで、そのような防空艦や陸上砲撃用の砲台としての役割で実績を残していますが、それらの戦術的な結果を戦艦そのものの存在意義と混同するのはあまりに安易な結論です。いかにアメリカが大国とはいえ巡洋艦でも代用できるような任務のためにとてつもなく高価であり、しかもアメリカにとって最も貴重な市民からなる乗員を大量に充当しなければならない新戦艦を建造し、辛抱強く使用し続けた訳ではないからです。そんなときはまず落ち着いてアメリカ海軍自身が戦艦をどう考えていたかを追ってみる必要があります。
必要以上に質素なわが海軍に比べて物量に富むアメリカ海軍は何でも大量に持っているように思えますから、その裏にある思想にまではなかなか興味が及びません。けれども物持ちのアメリカ海軍が戦艦や潜水艦や空母を「どれも」たくさん持っているのには、ちゃんと理由があります。それは「three plane navy」という考え方で、水上、水中、航空においてバランスのとれた戦力を発揮する艦隊という発想です。航空機の発達によって洋上航空戦の重要度が極めて増大したから戦艦が傍流に追いやられたという訳ではなく、戦艦と並ぶ地位に空母と潜水艦が追いついてきた、というのが太平洋戦争中のアメリカ海軍ドクトリンの考え方です。
もしわが海軍の空母部隊が太平洋上で圧倒的戦力を誇るような状況であったなら、そうした発想は成り立たなかったかもしれません。敵制空権下ではいかに強力な「アイオワ」型、「モンタナ」型でも戦えません。しかし実際に強力な存在として日に日に充実していったのはアメリカ海軍の空母部隊ですから、洋上航空戦力の台頭はアメリカ戦艦の地位を守りこそすれ傷つけはしなかったのです。なぜなら敵の航空攻撃による脅威を友軍の洋上航空戦力が撥ね返すだけの力を持ったのですから、戦艦はその強大な砲戦力を敵主力艦隊に向けて戦艦としての役割を果たすことへの最大の障害が取り除かれており、戦後の評論家が何を言おうとアメリカ戦艦は終戦まで空母の護衛どころか文字通り「浮かべる城」の地位に居たわけです。
そして戦争後期には対空火器が飛躍的に充実します。近接信管が高角砲弾の威力を増し、無数の機銃が近距離目標を押し包むようになると、戦艦の対空火器は攻撃を仕掛ける航空機に効果的な反撃を加えることができるようになります。1924年に未発達だった航空機に対して当時のアメリカ戦艦の対空火器が命中率75%を記録して現実を見せ付け、意気盛んな航空派の主張を押さえ込んだように、再び戦艦は航空機への対抗手段を自らも持ち始めていたのです。
洋上航空戦力の成長が逆説的に戦艦を擁護してしまったという現象はアメリカ戦艦を昼間の洋上で活動できるようにしたことを意味しますが、無敵の洋上航空戦力であるアメリカ空母部隊も常に実力を発揮できるとは限りません。1日の半分を占める夜の間は航空攻撃ができませんし、3日に一度は荒れる太平洋の天候も航空作戦を制限します。このような機会を狙って挑戦してくるだろう日本海軍の戦艦部隊を砲戦で葬ることがアメリカ戦艦部隊の本来の任務です。そうした任務を担い、強力な破壊力を持つ高速戦艦部隊があればこそ、アメリカ海軍のタスクフォースは「いつ」「何処にでも」出撃できたのです。
マリアナ沖海戦敗北後、「大和」艦上で宇垣纏中将が詠んだ「追撃の夢さめ果てて梅雨の空」という俳句がありますが、この句に詠われたように日本海軍の戦艦部隊は敵空母撃破後の追撃作戦を常に念頭に置いています。まして夜間、荒天を利用できる機会が得られたなら、猛然と肉迫して主力部隊に砲戦を挑むのが日本海軍戦艦部隊ですから、その点においてはアメリカ海軍の「three-plane navy」論は机上の空論とは言い切れません。もしハルゼー指揮下の高速戦艦部隊がサンベルナルジノ海峡で栗田艦隊と正面対決するような事態が発生していれば後世のアメリカ戦艦への評価はまったく違った形になったでしょう。そのチャンスを逃した猛将ハルゼーが激しく批判される理由はそんなところにもあります。けれどもアメリカ戦艦部隊にとって残念至極なことにそれは実現しません。
しかしいつ来るかと待ち望んでいた本来の敵はアメリカ新戦艦の前にはついに現れず、史上最強の戦艦部隊は実力を発揮することなく太平洋戦争は終結を迎えてしまいます。もはや世界中を探してもアメリカ戦艦に立ち向かう戦艦部隊は存在しないのです。
そして第一次世界大戦後とまったく同じ攻撃が海軍部外からアメリカ戦艦に対して降りかかってきます。第一次世界大戦時以上に高価で巨大な新戦艦群は今度の戦争でも「戦争を終結させる力も、終戦を促進する力もなかった」という痛烈な批判です。
こうした批判の中、アメリカ戦艦部隊は無敵の地位のまま無用の存在と化しつつありましたが、それでも旧式艦、低速艦は引退したものの最強の高速戦艦「アイオワ」型はまだまだ艦隊に残ります。戦後の予算縮小から艦対艦ミサイルの開発が後回しにされた結果、他に代わるものが無かったからです。戦後の「アイオワ」型はもう現れない敵戦艦に備えてもはや奇妙にさえ感じられる砲戦観測機(空母部隊の発達で「近距離偵察」任務が解かれて「砲戦観測」が主体とされた)が搭載されたまま生き残ります。
そんな中でアメリカ海軍の戦艦部隊を艦隊の中心戦力からひきずり降ろすことになる出来事が訪れます。それはビキニ環礁で行われた原爆実験です。戦利艦と旧式艦を集めた目標艦隊の中心で原爆を炸裂させてその効果が確かめられましたが、この実験でアメリカ海軍が得た確信は原爆そのものの威力もさることながら、「洋上の艦隊にとって原爆は致命傷とはならない」という確信でした。ビキニ実験以降、この確信がある海軍とそうではない陸軍、空軍の予想する第三次世界大戦像は大きく異なり、海軍は前大戦のような長期戦を想定するようになります。
そしてアメリカ海軍にとってビキニ実験の結果はもう一つの変化をもたらします。それは「大砲時代の終焉」です。敵の対艦核攻撃に対抗するためにアメリカ海軍の輪形陣が大きくまばらなものに変わり、艦載砲の射程が互いの艦をカバーし合えない広い散開隊形となり、取り急ぎ対空火器の構成を根本的に見直さねばならなくなります。当時、予想される対艦核攻撃は航空攻撃ですから、当然のことながら対空誘導弾の開発が最優先となり、次世代の水上艦に装備されるべき艦対艦誘導弾の開発は後回しにされ、半ば放棄されてしまうのです。 戦後に建造された水上艦艇が戦前戦中の艦艇に比べてどことなく情けないのは、戦術の進歩に対応した変化というよりも、搭載すべきまともな兵器が無い、という切ない事情がそうさせていると考えてもよさそうです。
そしてかつてない程まばらになり、対潜攻撃能力が手薄になった対核攻撃用散開輪形陣内の対潜攻撃用に専門艦を用意する方向へと進みます。新しい広大な輪形陣は対潜能力の低い(すなわち飛行機を載せた空母ではない)大型艦を常に手厚い援護を必要とする厄介者に変えてしまったのです。
もともと輪形陣とは水雷艇、潜水艦、航空機といった脅威に対して戦艦側の防御縦深を稼ぎ出すために生まれたものですが、対艦核攻撃によってかつてない広大な輪形陣が必要とされた結果、今度は敵潜水艦につけいる隙を与えてしまった上に、巨大輪形陣の最奥部に位置する戦艦の主砲射程がわずか40km程度でしかないという根本的な問題に突き当たります。そもそもそんな兵器を「そうまでして守る必要があるのか」ということです。
アメリカ戦艦部隊を主力の座から退かせた要因はいくつも存在しますが、なかでもビキニ実験以降のドクトリン転換は致命的な影響を与えています。
6月 7, 2009
· BUN · 3 Comments
Posted in: アメリカ戦艦の辿った道, アメリカ海軍
3 Responses
いものや - 6月 10, 2009
航空機の航続距離と砲の射程距離を比較しただけで戦艦に対する航空機の絶対的優位の自明が語られることは多いのですが、艦砲射撃の一定時間内の打撃密度と、航空機運用の不安定さを考えると、両海軍関係者の中で空母機動部隊をキワモノ扱いしたくなる心情もわからなくないです。
おっしゃるように何より、アメリカ海軍戦艦部隊にとって、がっぷり四つでぶつかりあう相手が消滅してしまったことで宙ぶらりんな存在になったんでしょうか?
何かのはずみで英国海軍と正面衝突をしてしまう可能性に備えるためだけに戦艦を抱えるわけにもゆかなかったんでしょう。
Tweets that mention いろいろクドい話 » アメリカ戦艦の辿った道 9(戦艦部隊の黄昏) -- Topsy.com - 4月 6, 2010
[…] This post was mentioned on Twitter by ふむふむ, 糸畑要. 糸畑要 said: http://stanza-citta.com/bun/2009/06/07/379 なるほどねぇ…戦艦の時代を終わらせたのは対艦核兵器…という説。 […]
ヘルアーチェ - 10月 22, 2016
つまり、戦艦の存在価値にトドメを刺したのは、
魚雷と航空機でさえ無くて潜水艦。
しかも核兵器が艦隊の陣形の密度を薄くさせ、
潜水艦に有利になった、と言うコトでしょうか?。
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