D-Dayに飛ぶ旧式スピットファイア

 唐突ですが、1944年6月6日、7日のイギリス空軍戦闘機コマンドの損害を読み上げてみたくなりました。名画「史上最大の作戦」に描かれているように連合国空軍は圧倒的な兵力でドイツ空軍を沈黙させたと言われるノルマンディ上陸作戦ですが、イギリス空軍戦闘機コマンドの損害を拾い上げてみると色々と細かなことに気が付きます。

6月6日
63飛行隊 スピットファイアⅤ(W3443号機) シェルブール沖で対空砲によって被撃墜(友軍スピットファイアによる誤射の可能性有)
164飛行隊 タイフーンⅠb(MN454号機) 薄暮制空作戦にてFw190によって撃墜される。
165飛行隊 スピットファイアⅨ(MK589号機) 薄暮制空作戦にてJu88を攻撃、防御火器で撃墜される
165飛行隊 スピットファイアⅨ(MK751号機) 薄暮制空作戦にてJu88を攻撃、防御火器で撃墜される
168飛行隊 マスタングⅠ(AM225号機) 友軍艦艇からの誤射により撃墜される
181飛行隊 タイフーンⅠb(JP604号機) カーン周辺にて対空砲火で撃墜される
183飛行隊 タイフーンⅠb(MN432号機) カーン上空でMe109によって撃墜される
183飛行隊 タイフーンⅠb(MN478号機) カーン上空でMe109によって撃墜される
183飛行隊 タイフーンⅠb(R8973号機) カーン上空でMe109によって撃墜される
234飛行隊 スピットファイアⅤ(AA936号機) 哨戒中エンジントラブルで墜落(対空砲火の可能性あり)
245飛行隊 タイフーンⅠb(機体番号不明) 武装偵察中、対空砲火で撃墜される
266飛行隊 タイフーンⅠb(DN562号機) カーン周辺で対空砲火によって撃墜される
268飛行隊 マスタングⅠ(FD495号機) 対空砲火により撃墜される(誤射の可能性有)
345飛行隊 スピットファイアⅤ(W3843号機) 上陸地点低空掩護中に墜落
349飛行隊 スピットファイアⅨ(MK363号機) カーン周辺でJu88を攻撃、防御火器で撃墜される
350飛行隊 スピットファイアⅤb(EN950号機) 哨戒飛行中墜落
430飛行隊 マスタングⅠ(AG465号機) 偵察飛行中、Fw190によって撃墜される
440飛行隊 タイフーンⅠb(MN428号機) 対空砲火により撃墜される
441飛行隊 スピットファイアⅨ(MK420号機) 低空哨戒中、対空砲火により撃墜される
602飛行隊 スピットファイアⅨ(MJ339号機) 哨戒中、戦闘中の上陸海岸に不時着大破
609飛行隊 タイフーンⅠb(MN697号機) 対戦車攻撃中に墜落

6月7日
19飛行隊 マスタングⅢ(FZ141号機) カーン南方で対空砲火により撃墜される
20小隊(146ウィング)タイフーンⅠb(MN125)対戦車攻撃中、対空砲火で撃墜される
26飛行隊 
スピットファイアVc(EE744号機) バイユー付近で観測偵察任務中、対空砲火で撃墜される
168飛行隊 マスタングⅠ(AM128号機) JG26所属機(Me109?)により撃墜される
198飛行隊 タイフーンⅠb(JP665号機) カーン付近にて高射砲陣地攻撃中に撃墜される
266飛行隊 タイフーンⅠb(MN297号機) JG26所属Me109により撃墜される
306飛行隊 マスタングⅢ(FZ197号機) 地上攻撃中、上陸海岸に不時着大破
315飛行隊 マスタングⅢ(FB188号機) カーン西方にて緩降下爆撃中、対空砲火により撃墜される
332飛行隊 スピットファイアⅨ(NH172号機) 対空砲火により撃墜される
350飛行隊 スピットファイアⅤb(BM363号機) 低空哨戒飛行より悪天候で帰還できず
416飛行隊 スピットファイアⅨ(MJ929号機) 上陸海岸哨戒中,対空砲火により撃墜される

 書き並べてしまうと何がなんだか分からなくなりますが、とりあえず、5W1Hのうちの「いつ」はOKですから、「どこで」損害が出ているかに注目してみます。位置の記載がカーン上空または近辺とされるものが多いのはランドマークとなる都市としてカーンが適当であったことも事実ですが、上陸初日に攻略予定だったこの町をめぐる攻防戦に両軍の航空部隊が関与している様子が読み取れます。どうもタイフーン編隊とBf109編隊との間にそれなりの空中戦があったらしいことや、Ju88がイギリス軍戦闘機を返り討ちにしている例が複数あって橋頭堡への強襲の痕跡らしい、といったことも想像されます。

 また機種に注目すると、1944年6月という時期ではどうにも旧式に見えるスピットファイアMk.Ⅴが何機も出てきます。何でMk.Ⅴがこんなに撃墜されているのかといえば、単純に多数機が投入されているからで、ノルマンディ当時は外国人飛行隊を中心にまだまだMk.Ⅴ(LFタイプと推定)を装備しています。編制表上では何ヶ月も前にMk.Ⅸへと機種改変を済ませているはずの350飛行隊ですらMk.Ⅴで損害を出していますから実情はちょっと違ったようです。Mk.Ⅴは8月頃まで第一線に留まっています。Bf109Fに対応するような旧式機材であることは意識されていたようで、それなりに考慮された任務に就いているようですが、要は上陸作戦支援にありったけの戦力が注ぎ込まれたということなのでしょう。

 北フランスでの航空戦でノルマンディ上陸作戦を採り上げるなら、電撃戦当時にもこの地域で激しい空中戦が繰り広げられていたことを思い出しても良いでしょう。「フランスの戦い」の頃、ドイツ空軍機による損害は絶対数だけから見れば1940年6月6日(1機)と6月7日(11機)の合計12機に対してDデイとその翌日の空中戦での損害合計は10機です。電撃戦当時の損害は全てハリケーンMk.Ⅰですが、D-Dayと同じく爆撃機に返り討ちにあう例も含まれます。こうしてみるとD-Dayでの空中戦における損害は電撃戦時代とあまり変わりません。ノルマンディ上陸作戦では出撃機数は多かったもののそれによって損害の絶対数が減少したのではなく、敵機によって昔と同じくらいのパイロットが失われて、さらに地上攻撃が盛んに行われたために電撃戦時代とは比較にならない数の対空砲火による損害が出たということです。

 延べ出撃機数に対する損失率は電撃戦時代と比べて大きく好転しているものの、実際に流された血の量は数年前の苦戦時と変わらないか、あるいはもっとブラッディな結果となっています。当たり前な話ですけれども戦争の損害は「率」も大切ですが「絶対数」も大事ですね。

11月 26, 2008 · BUN · 7 Comments
Posted in: イギリス空軍

7 Responses

  1. Doom - 12月 6, 2008

    いつも興味深いお話で楽しみにしています。

    D-Day頃の英本土の英空軍スピットファイアですが、Mk.IXが38個中隊、Mk.Vが12個中隊、Mk.VII,XIVなど6個中隊ぐらいのようです。
    2ndTAFはほぼMk.IXで、ADGBはIXとVが半々ぐらい。ADGBはサセックス州にMk.Vを配備していたようで、ノルマンディーに参加したMk.Vが多いようです。(後には、2ndTAFの予備中隊になったり)

    350飛行隊は、ベルギー人部隊ですね。フランス上空侵入作戦に従事していたころは、Mk.IX装備でした。一旦、英国北部に引き上げたとき、Mk.Vに戻され、そのままD-Dayに参加しています。350中隊では、ベルギーが英国にスピット2個中隊分のお金を払っているのにMk.Vとは・・・とクレームをつけたそうです。この後、Mk.IXではなくMk.XIVに装備変更になっています(うーん、幸せだったのかなあ)。

    D-Dayには、Mk.Vは艦砲射撃の観測機として参加している部隊もありますね。米海軍も、中古のMk.Vを観測機に使っていたはずです。

    44年に新編成のフランス人中隊が、Mk.Vで編成されたりしてますが、外人飛行隊にMk.Vが多いと言うことは無いように思います。
    2ndTAFのスピット中隊は、カナダ空軍を含む外国人部隊がほとんどです。Mk.IX装備は外国人部隊中心、Mk.Vは英国人部隊中心のように思えます。

    2ndTAFのスピット中隊を外国人部隊中心にするところ、英国のお家事情もあるのでしょうが、ヨーロッパ回復と言う政治的な面や、英国の伝統的な欧州大陸での用兵思想が現われている気がします。

    長文かつ誤りもあるかと思いますが、お許しを。

  2. BUN - 12月 8, 2008

    Doomさん

    ようこそいらっしゃいました。
    本ブログ始まって以来の骨太のレスをありがとうございます。
    Doomさんはこの手の情報の楽しみ方をよくご存知の方と思います。断片的な情報や細かい出来事がそれだけで終わらず、全体的なものの一部として捉えられることがあるからこそ、辛抱強くリストを眺めたりする訳ですものね。
    これかもよろしくお願いします。

  3. wittmann - 12月 9, 2008

    記事内容とは関係ない話で恐縮なんですが、VとかIXが字化けしてしまいます。できれば機種依存文字を避けていただけませんでしょうか?

  4. BUN - 12月 10, 2008

    witmannさん
    これは気がつきませんでした。
    せっかく損害リストをupしているのに文字化けしたら興ざめですよね。でも。Mk.5と書く気がしないんです。ごめんなさい。許してください。

  5. king - 12月 10, 2008

    タイフーン、、。なぜかスピットファイアやハリケーンばかりが戦記で取り上げられて扱いが悪いですが。それなりの数が配備され活躍していたのですね。

  6. wittmann - 12月 10, 2008

    Mk.5と書かなくてもけっこうです。Mk.Vでお願いします。
    Mk.ⅨではなくMK.IX (“I” + “X”)で書いていただければ読めます。

  7. BUN - 12月 11, 2008

    wittmannさん
    はい、努力いたします。

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