軍用飛行機と軍用機乗員

 第一次世界大戦は最初からドイツとフランスという当時のヨーロッパで突出した航空先進国による航空戦で始まっています。フランスも全力で航空戦力を整備していましたし、ドイツもまた無敵の飛行船艦隊と数百機の飛行機隊充実を目標に軍備を進めていましたから、1914年8月、開戦時のドイツ陸軍の航空兵力は第一線に配備した245機の飛行機(総兵力400機程度)とツェッペリン飛行船10隻を保有し、第一線の乗員は操縦員254人、砲戦観測要員271人で構成されています。対するフランス陸軍は総兵力で第一線配備機141機、総兵力で600機程度を保有し、乗員の訓練プログラムもドイツと同様に進められています。軍用航空機がその実力を戦場で証明するはるか以前に第二次世界大戦の小国空軍のレベルを遥かに超えた「空軍」が存在していたということです。ドイツもフランスも航空軍備には極めて「本気」です。

 一般に第一次世界大戦初期の軍用機は航空技術の未発達から飛行性能が劣り、十分な活躍ができなかったとされていますが、ドイツ陸軍は開戦時から航空偵察を立派に使いこなし、有名なシュリーフェンプランによる攻勢でもフランス軍を捕捉するために航空偵察が重用され、攻勢がマルヌで頓挫した際も、そこでの破綻を最小限に喰い止めるために航空偵察による敵軍情報が極めて重要な役割を果たしています。そして東部戦線においても手強い敵だったロシア軍騎兵部隊の機動を空から監視し続けることで、航空偵察は陸戦の勝利に大いに貢献します。タンネンベルクの勝利も航空偵察が重要な役割を担っていますから、「もし飛行機という機械が発明されていなければこの戦争はひょっとして・・・」と考えたくなってしまいます。

 確かに初期の軍用機は最大速度100km/hから120km/hの低速で鈍重な複座機が主流でしたが、軍用機の性能をこのレベルに抑制した要因は他にあります。技術的には既に1913年にはドペルデュッサン単葉機が200km/hを突破していましたし、軍用機をより高性能なものにすることは容易でしたが、ドイツであってもフランスであっても、軍用飛行機に求められたのは偵察能力と観測能力で、その任務に適合する鈍足だけれども安定性に富んだ扱いやすい機体であることでした。

 軍用機が凡庸な機体であれば、その乗員にも戦前の民間パイロットのような蛮勇と個人主義に満ちた才能は求められず、軍隊組織の一員として命じられた任務を黙々と遂行できる人材が理想とされ、アクロバット飛行は軍事航空とは縁の無いものとされています。軍用機の乗員は個人的な英雄である必要は無く、ただ来るべき戦争が求める大量の乗員を確実に養成すること、そして大量養成された凡庸な乗員達が乗りこなせる扱いやすい機体をさらに大量に製造することが重要視されていたのです。軍事航空とスポーツ航空は機材も乗員もまったく別、という認識です。

 発明以来、冒険の道具でしかなかった飛行機を標準化された兵器に変貌させるための努力は設計だけではありません。各国が軍用機を製造するためにまず取り組んだ仕事は「安全性の確保」です。飛行機ごとに違っていた操縦法を共通性のあるものに改めて、集中教育を可能にすることから始まり、様々な標準化された計器の採用、町工場レベルだった各工場での飛行機製造の監督と改善、軍または公的機関による強度試験の適用などが第一次世界大戦開戦前までに行われています。戦前に次々に設立されたドイツ航空協会、フランスのエッフェル協会、イギリスの国立自然科学研究所、国立航空機工場などの組織が果たした役割はこうしたもので、それぞれ軍用機購入と実用試験のための外郭団体という機能を持っています。

 世界大戦初期に活動した低性能で地味な軍用飛行機達は未熟で危険な冒険用機械を標準化された兵器へと変貌させる一方で、偵察任務と砲兵観測任務への集中という運用ドクトリンと、航空界に突如出現した「軍用機パイロット」という集団の性質に適合させるために、技術上の挑戦があえて回避されたことで生み出されたとも言えます。

 さて、戦前軍用飛行機の事情はこれでよいとして、軍事航空の一方の雄であり、戦前のドイツに華々しく登場した軍用飛行船部隊は1914年8月以降、どうなっていたのでしょう。
次回のお楽しみであります。

11月 21, 2008 · BUN · 2 Comments
Posted in: ドイツ空軍

2 Responses

  1. matsuzay - 11月 24, 2008

    お久しぶりです。

    杜の都もすっかり寒くなりましたね。
    圧倒的多数の凡庸な人材をどうやって戦力化するかというのはどんな業界でも頭の痛い問題ですね。ハード面に限らず操縦技術面にも共通する問題かと思いますが、そのお話もされる予定でしょうか。機体性能に比べると要員の確保や訓練シラバスの確立などは地味な話題ですが、一国の軍隊も底辺の教育機関も似たような悩みを抱えているようで親近感を覚えてしまいます。

  2. BUN - 11月 24, 2008

    さきほど雨が雪に変わりました。
    だんだんと寒くなって来ますね。
    第一次世界大戦の航空戦についてこんな話を紹介していると、事実であるかどうか以前に、まずまともには信じて戴けないのですが、それが機械で戦う戦争である以上、第二次世界大戦にも現代戦にも通じるものがあるというか、無ければおかしいですよね。

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