「バブルで勝つ」軍用機生産
1933年からの航空再軍備と航空技術の発達はイギリス国内の航空機工業関連株を予想外に高騰させます。とはいうものの航空機工業の現状は1920年代以来の細々としたもので新型機の開発も停滞すれば既存機の増産さえ思うにまかせない情けない有り様でしたから、株価の高騰に見合う現実は何一つありません。それなのに株価の上昇だけが先行したのは当時のイギリス航空機工業界で株式を公開していたのはホーカー、フェアリー、ロールスロイス、デハビランド、ハンドレページ、ネピアの6社でしかなく、株式資本はそれら全ての合計で376万ポンドしかありません。スーパーマリンはビッカースの子会社ですし、アームストロングシドレーやブリストルは株式を公開していなかったからです。
1934年当時の株式資本総額
ホーカー 787,000£
フェアリー 500,000£
ロールスロイス 839,000£
デハビランド 400,000£
ハンドレページ 206,000£
ネピア 1,028,000£
そこでこの6社に投資家の人気が集中し、何の裏づけも無いまま各社の株価は3倍から5倍に急上昇します。裏づけが無いどころかフェアリーは1933年度に利益を大幅に落として青息吐息の状態でしたし、ハンドレページは赤字、ネピアもまた大赤字で先行きは真っ暗です。潰れかけたネピアへの救済策がセイバーの発注だったことが思い出されますね。
1936年までに上場した航空機工業各社の株式資本総額(1939年)
ホーカーシドレー(新会社) 6,000,000£
ブリストル 3,900,000£
ブラックバーン 1,200,000£
ボウルトンポール 500,000£
ウエストランド 400,000£
ショート 500,000£
合計 12,500,000£
こうした環境が何をもたらしたのか、戦闘機や爆撃機が好きなだけの市井の好事家である私達の気を引くような面白い変化を導いたのかといえば、こんなことが言えます。「バトルオブブリテンで勝てたのはバブルのお蔭だ」と。
なぜならば、この航空機工業バブルのお蔭でイギリス国内の航空機工業各社は政府の援助のみならず自身の力によっても大規模な設備投資が可能になり、本当の意味で戦争が間近に迫ったと認識された1938年度以降の軍用機大量生産の基盤を打ち立てることができたからです。そして政府主導の軍用機大増産体制が確立されたにもかかわらず、イギリス航空機工業界は国有化の流れを撥ね付ける実力を持ち続けることができたということで、このあたりが増産体制確立のため国有化に踏み切らざるを得なかったフランスの航空機工業と大きく異なる点です。航空機工業が総体として自力で発展できる力を持ち続けたからこそ、1940年度の軍用機生産でドイツを遠く引き離し得たのですから、ある程度の政策による誘導はあったにせよ、運、不運を言うのであればイギリスは実力以上の大幸運に恵まれたといえます。
10月 18, 2008
· BUN · 3 Comments
Posted in: 航空機生産
3 Responses
早房一平 - 10月 18, 2008
面白く興味深い話です。
で、このバブルを仕掛けた組織・人物はドコの誰と想像してみるのも面白いしヒマ潰しになります。
はじめまして - 10月 18, 2008
ほぅ!これは面白いですね。1933年から各社の株価の月毎の最高値と安値を表にして、それと時系列毎にトピックスを並べてみたら色々と見えてくる気がします。
BUN - 10月 19, 2008
早房さん
ありがとうございます。皆様のお暇を潰す秋の夜なべ仕事でございます。
はじめましてさん
その通りです。いろいろやってみると面白いと思います。
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