格闘戦を想定しなかったスピットファイア

 第二次世界大戦の航空戦でイギリス空軍にとって大きな誤算がありました。それは現実の戦闘では爆撃機編隊の防御力が敵戦闘機の攻撃を排除できないという問題と、1940年6月のフランス崩壊によってドーバー海峡沿岸の基地を獲得したドイツ空軍は爆撃機に戦闘機の護衛をつけて侵攻してきたことです。

 戦前のイギリスでは将来戦について陸戦は主にフランスが担当し、イギリス空軍は戦略爆撃によってそれを支援するという構図が描かれていました。イギリス戦闘機はドイツ本土から海峡を越えて侵攻するドイツ爆撃機を邀撃することだけを考えて開発されていたので、まさか海峡沿岸の基地からメッサーシュミットがイギリス本土南部を行動半径に収めてしまい、イギリス本土の防空で戦闘機対戦闘機の空中戦が発生するようになるとは夢にも思っていません。

 スピットファイアもハリケーンも実際の要目を比べればアメリカの戦闘機よりも翼面荷重が小さく格闘戦に適するように思えます。イギリスはアメリカよりも古典的な戦闘機概念を持っていたからそうなったと考えたくなりますが、実際にイギリス空軍はスピットファイアやハリケーンが敵戦闘機と格闘戦を戦うとは予想していません。

 そもそもイギリス空軍内では300マイル以上の高速で飛ぶ単座戦闘機が格闘戦を行うことはあり得ないとの考えが主流でした。高速戦闘機が格闘戦を行えば、操縦者は発生するGに耐えられず、生理的限界に達して戦闘が行えないと予想されていたのです。ところが開戦以来、ドイツ戦闘機とイギリス戦闘機が空中で出会えば必ずといって良いほどに巴戦が繰り広げられ、格闘戦性能の良否が戦闘機同士の戦いの決定打となることが判明します。

 イギリス空軍が戦闘機対戦闘機の格闘戦が発生するといういわば当たり前の事態について深刻に受け止め、検討を開始したのは1940年2月になってからです。戦闘機対戦闘機の格闘戦が相変わらず発生することについて、戦闘機コマンドの司令官だったダウディングは「戦闘機と戦闘機が出会い、お互いに戦う意思がある場合には旋回戦闘が発生する。そして旋回半径が小さい方が優位に立つことになる。しかし、他の性能(速度)を優先して格闘戦性能を犠牲にした戦闘機は格闘戦を選択しないで離脱することができる。」と述べています。実に当たり前のことですが第二次世界大戦初期のイギリス空軍内では速度と旋回性能のどちらを選ぶかといった問題について結論が出ていなかったことを示す重要な事実です。結論を出そうにも高速戦闘機同士の格闘戦は発生しないと考えていたのですから。

 イギリス戦闘機の主たる敵は海峡を越えて侵攻してくるドイツ爆撃機であって、海峡を越えてドイツ本土とイギリス本土を往復できないドイツ戦闘機と戦うのはこちらからドイツ本土に侵攻する友軍爆撃機であるという戦前の予想を捨て去るのにそれなりの時間が必要だったということですが、幸いにも空中戦が発生してみるとスピットファイアはメッサーシュミットに対して互角以上の戦いができることもやがて確認されます。ドイツも鹵獲機を使用した模擬空戦でメッサーシュミット有利の判定を下していますからどっちもどっちですけれども、結果的に戦闘機の格闘戦能力という点では破綻せずに済んだのです。

 スピットファイアの開発がF7/30計画時の昼夜兼用哨戒能力を盛り込んだ古い要求仕様から発して何年も掛けて右往左往しながら進んで来たことである程度の格闘戦能力を保存できたとも言えます。それが証拠に新概念戦闘機としてスピットファイアより後から鳴り物入りで開発されたデファイアントは敵単座戦闘機に対して手も足も出ない結果となっています。デファイアントの「弱さ」には理由があったのです。

 イギリス空軍がここまで極端に戦闘機の概念を絞り込んでしまったことの背景には内陸に首都のあるドイツにくらべて南部の沿岸に首都のあるイギリスが地理的に不利な条件にあり、下手をすると一方的に爆撃を受ける可能性があったという事情があります。このためにイギリスの戦闘機開発は何をおいてもロンドン上空に侵入するドイツ爆撃機の撃破が優先されるようになります。ドイツから戦闘機が飛んで来ない代わりに友軍戦闘機もドイツ本土へは侵入できないので、航空撃滅戦は長距離爆撃の成果に頼るしかなく、戦闘機による制空戦闘という概念の発達を妨げて戦闘機同士の空中戦の軽視につながり、イギリス戦闘機をあと一歩で役立たずの駄作機揃いにするところだったというお話でした。

9月 12, 2008 · BUN · One Comment
Posted in: イギリス空軍

One Response

  1. - 8月 15, 2015

    初めまして、ここでは歴史を勉強してる時に浮かんだ疑問をいくつも氷解させていただいてます。

    戦闘機の戦術については一撃離脱を取らずに格闘戦にこだわった旧軍を非難する声が多いですがこれを見るとやはり戦闘機同士の戦いでは格闘戦も重要な仕事の一つだったのですね。そう考えれば大戦中の空戦についてより深く理解できそうです。

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