戦時緊急馬力って何?

「War Emargency Powaer Rating」のお話。
アメリカエンジンにだけ使える魔法の運転条件のことだと一般に思われており、私も長く妖術の一種と解釈していたWERまたはWEPでありますが、その正体はイギリス流でありました。

 アメリカが援英機を送り出し始めて気がついたことは、英空軍は附属のマニュアルやハンドブックにある制限を超えた条件でどんどん運転してしまうということでした。1942年9月、米陸軍航空隊は英空軍に供給されたアメリカ機がかなり過酷な条件で使用されていることを公式に認めています。英空軍としてはマニュアルにある条件を超えて運転することをパイロットの自己責任において許すという姿勢があり、製造会社もまたそうした運転が行われることを想定する義務があると考えられています。

 黎明期の軍用機と違い、エンジン故障が軍用機の損失原因に占める割合は低下していましたし、戦時の航空エンジンが過酷な運転によって予定より早く消耗してもやむなし、という発想があったのです。

 英空軍に比べて平時の空軍として過ごしていた米陸軍航空隊にはこうした発想はまだありません。150時間の耐久審査に合格した運転条件が離昇出力としてマニュアルに記載されています。V-1710のF3Rエンジンはマニュアル上の最大ブーストは45in.HgAですが、英空軍では56in.HgAまで引っ張っていたようです。これで5分から15分の運転を行って(どうせ援英機だからぶっこわれても)問題無しとされていました。

 アメリカ政府は援英機も含めて「combat power」での運転を1942年12月まで禁止していましたが、結局、実状に合わせて規定を変更します。 1943年1月からアメリカでのWEP、WERの時代が本格的に始まるのです。
アメリカでは5分許容のWER条件を制定するために7時間半の耐久審査を行い、最低5時間以上の連続運転に耐えた条件をWERとして定めています。

 そしてこのWERによる運転条件とそれが発揮する出力はどんどんエスカレートしてゆきます。何でエスカレートしちゃうのかと言えば、それは色々な新アイテムが加わるからです。

 まず燃料です。米軍は戦時にAA-F28規格のGrade100/130燃料を使っていますが、四エチル鉛を大量添加したこの燃料はそれまで使用されていた航空燃料に比べて分溜性状が悪く、運転条件によっては各気筒への混合気の均等分配が難しいという、まるで「誉」のような問題が発生しています。
 
 このために給気管にベンチュリー効果を利用して混合気の再気化を助ける「マダムクイーン」インテイクパイプが導入されたらしいのですが、どんなものだったかを私には聞かないでください。

 さらにWER運転でピストンリングの焼付きを防ぐために「キイストーン」ピストンリングが採用され、WER条件がどんどんエスカレートします。

 燃料も1944年3月からはAN-F33規格のGrade115/145燃料が導入され、V-1710 F3RのWER運転は

1941年3月の1150馬力
1942年10月の1325馬力
1943年1月の1425馬力
1943年11月の1725馬力

と進んで、AN-F33燃料によって2000馬力運転さえ可能になります。
さらに1944年夏の実験ではトリプタン添加のGrade200/300燃料によってノーマルな運転条件で1500馬力、WER相当で2400馬力~2700馬力を達成します。こうなると我が皇軍にとっては、やっぱり魔法に思えますね。

 という訳で、

WERはイギリス由来の運転条件だということ。
WERといえども5時間以上の耐久試験をクリアしていること。
WERをエスカレートさせたのは燃料の性能向上と部品の性能向上だということ。
何だかもう、やりきれないなぁ、ということ。 

こんなことがわかります。

6月 14, 2008 · BUN · 6 Comments
Posted in: 発動機

6 Responses

  1. 早房一平 - 6月 18, 2008

    喉に刺さった魚の骨が取れたような爽快感のあるお話ですっきりしました。

    とは言え、一つの疑問が解決すると2つの疑問が湧き上がると言われるワーバード界ですから、
    戦闘緊急馬力を使うと、エンジンオーバーホールせにゃならんとか一発でエンジン「ガタガタ」とかは都市伝説だったのかな、と考えるのであります。

  2. BUN - 6月 18, 2008

    それはマニュアルにあるんです。WERで運転した後はやれ、と。エンジン傷むぞ、と。
    そして都市伝説ではなくて、その話の源は私なんです。
    世の中巡りめぐって自分に返ってきますね。

  3. 早房一平 - 6月 18, 2008

    環は閉じている、なんですね。
    発動機の予備が大量に必要なのはそのせいなんですね、ため息。

    蛇足、30年位前に「丸」に載っていた個人の戦記で、四国上空に侵入したF6Fがトニーに襲われた(!) 際に非常出力を出してこれを振り切った話が引っ掛かっていたのです。(トニーはダイブの速度がめっぽう速いが、F6Fが5分間だけ許される非常出力を使えばこちらが早い、と記述されていた)

    離昇出力のことかと当時は考えていたんです、一回でエンジンオーバーホールなら空母搭載機だと使いづらいんでしょうねえ。

  4. BUN - 6月 18, 2008

    エンジンを降ろすとは限りません。
    どこの国でもある「兵器はなるべく大切に扱え」という当たり前の要求なんです。
    日本の場合だと飛行機に搭載する発動機数×1.5が標準なんですが、これが間に合わないので予備発動機の数が減らされます。このあたりも日本流の「戦闘馬力」がなかなか適用にならない理由でしょうね。

  5. 戦略目的と戦術と編成ファン - 5月 3, 2011

    戦時緊急出力、面白い話ですね。
    自分の経験として、禁断のトルエン添加という話をします。
    15年以上も前の話ですが、愛車R32GT-Rでサーキットを走っていた時のことです。(今でも走りますが) サーキットに出かける前日に、今までの酷使が効いてエンジンが高回転でノッキングぎみになっていました。本来ならばターボ過給のブーストを下げて使うべきでしたが、燃料にトルエンを混ぜるとノッキングが抑えられるので、50対1ぐらいの割合で混合してサーキットを走ることにしました。それに加えてせっかくトルエンを加えるのだからと、更にブーストを上げて。
    結果はめちゃくちゃ加速が良い。(700馬力を超えている)最終コーナーを曲がってからストレートの加速では他車が止まって見えたほどでした。そうして揚々と20分枠の練習走行を終えました。次の20分枠のタイムアタックの時間が始まって10分ぐらい経ったころ、エンジンからチリチリという音が聞こえてきました。この音なんの音?と思いながらも、前がクリアになったのでタイムアタックに入りました。3速全開、4速全開に入ったところでエンジンからバンと白煙が吹き出て深刻な事態を悟りました。初めてのエンジンブローです。エンジンを降ろしてみると、クランク側のコンロッドメタルが焼き付き、ピストンもエンジンブロックも破壊してブロックに穴があいていました。面圧の過大&潤滑不足です。
    結論 自分の車には戦時緊急馬力は使ってはいけません。直ぐには壊れませんが確実にボーナス2回分のお金が消え去ります。しかし、本当の戦争で敵機が後ろに付いたら絶対に使って逃げるべきです。基地まで逃げ帰ったら(どうせ政府のお金だから)エンジン交換がお勧めです。

  6. リバチィー - 2月 1, 2012

    はじめまして面白く読ませていただいてます。キーストンリングですが
    リングの焼き付きより溜まったスラッジによる折損防止かとその名の由来
    のアーチ形状の橋とかに使われる石と同じ断面です。上下によりカーボンが押し出されます。1935年発行の航空発動機にはエンジンOILや点火プラグ燃料などの試験が載ってますから日本がサボって居たわけではないのです

    直接燃料噴射の単気等試験の結果は四茸弁屋根型燃焼室頂上点火栓頂上噴射
    がもっとも良い試験結果を得ると有ります。現代訳は4バルブペントルーフ燃焼室TOP点火Or噴射です。・・・D4エンジン
    はなはだ潤滑油消費過大になり構造複雑にて始動性すこぶる良好になれどそれ以外は採用をする理由が見えないと結びます。

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