ソ連にも三式戦ニ型あり

 三式戦といえば「エンジンの調子が悪い」だの実は低性能だのと聞くに堪えないミリタリー世間話の肴にされている飛行機です。 調子が悪かろうが低性能だろうが、飛行機を歴史的に眺めるには、速いの、強いのといった話よりも、なぜそれが計画されたのか、どうしてそうなったのか、が大切なのですが、そんな面倒臭いことを調べる人間は残念ながら殆んどおりません。

 さてソ連には何でもあるとスターリンが言ってのけた通り、ソ連空軍にも三式戦二型があります。
 それは戦争に参加した最後のヤクシリーズ戦闘機、YaK-9Uであります。
この飛行機の開発は1943年半ば、ソ連空軍がドイツ空軍に対して優位を確立した時期に開始されています。どうせソ連軍の戦闘機なんてやたらと訳の分からないサブタイプが尻尾につくだけで大して見栄えもしない改造型ばかりですから真面目に覚える気もしませんが、そのわからなさに「わからないぞ」と笑って突っ込む心の余裕をもって、企業買収計画など黒い話を傍らで聞きながらニコニコ頷いて過ごして欲しいものです。

 この戦闘機が計画された背景は二つあります。
 第一は今までこのシリーズで述べてきたソ連空軍の損害率の問題です。
1943年になってもソ連軍の損害は相変わらず膨大です。ソ連空軍が盛り返して出撃が増え、積極的な攻撃作戦が行われた結果のことですが、それよりも何よりも戦術よりもドクトリンよりも、どうもソ連軍戦闘機の性能がドイツ軍戦闘機に比べて「せいぜい互角」であるという点が問題なのではないか、という分析が行われたことを切っ掛けとして高性能戦闘機の新規開発が決定されています。性能面でドイツ戦闘機を完全に凌駕できれば損害は減るだろうという考えですが、こうしたことは帝国陸海軍も他ならぬドイツ軍も同じように考えていましたから、結構難しいものです。

 第二の理由はもう少し複雑です。ソ連空軍はすでにドイツ戦闘機に対抗できる戦闘機を大量に装備していました。それはソ連の戦闘機設計者の一部が憧れた革命的設計の重武装高速戦闘機P-39です。これは掛け値なしに強い戦闘機で多数のメッサーシュミットを撃墜していましたが、どうやら他の新鋭戦闘機も貰えそうですし、実は新戦闘機に対する切迫した需要は無いのだとも言えました。けれどこれでは済まないのが会社とソ連です。高性能戦闘機はソ連製でなければならない、という強力な決定がなされドイツ戦闘機を性能的に凌駕し、米国製戦闘機に匹敵する機体が要求された訳です。
 
 新しい戦闘機は機体設計の良し悪しよりもエンジンの出来不出来が大切です。ここで脚光を浴びたのがクリモフシリーズの改良型、M-107/VK-107で、これをYaK-9に積んで、YaK-9の機体構造の余りに無骨な部分、たとえば鋼管フレーム羽布張りの胴体などを合板張りに変えてラジエーターの位置もずらして空力的に洗練した機体が生まれます。

 何だかあまり新鮮味は無いけれど、実際に飛ばしてみるとVK-107が間に合わず、それまでのM-105エンジンだったのに性能は向上、Bf109G-2あたりと同等の性能でした。機体の改良はOKということで、次は新エンジンを待つばかりとなったものの、VK-107は不調続きで量産できず、新型戦闘機YaK-9Uは1944年に入っても完成の目途が立ちません。

 黒煙を噴いて止まり、クランクシャフトが折れ、オイルが漏れて、焼きついて、ようやく運転制限の下に採用となり新しい機体に積み込まれますが、運転制限を行っても激しいオイル漏れは止まらず、しかも25時間の寿命しかないという惨憺たる状況です。

 それでも量産は決行され、1944年末から配備されたYaK-9Uは「エンジンさえ調子が良ければ」最強の戦闘機、「可動率に目をつぶれば」優秀戦闘機という評価を受けつつ活動開始します。Fw190A-4、Bf109G-2(やや旧い型式のようにも思えますが、空中での性能は両機ともその後の改良型より良好ですからソ連空軍はよく敵を知っていたとも言えます。)との空戦実験の結果も良好です。

 しかしこんなに調子の悪い戦闘機を何も慌てて実戦投入しなくても良い戦況だったと思いますが、そこには大人の事情があったようです。おかげで戦後の歴史で「ドイツ戦闘機より速い」「ドイツ戦闘より強い」と書けるのです。

 大雑把にいえばYaK-9のYaK-3化とも言える機体の改設計とVK-107エンジン搭載でドイツの新鋭戦闘機を凌ぐ性能を実現したYaK-9Uはソ連戦闘機の面目を保つことができましたが、じゃあ、もともと進歩した設計のYaK-3へのVK-107換装計画は無かったのかといえば・・・・やっぱりあるのです。ああ、ソ連戦闘機はわからない。でも多分、それが本当にやりたかった新戦闘機の姿なのでしょう。

6月 14, 2008 · BUN · No Comments
Posted in: ソ連空軍

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