物事には必ずウラがある

 世の中、何につけてもまことしやかに伝わる話とその裏にある本当の事情とはかなりのズレがあるものです。昔の軍用機についてもそれはまったく同様です。世に広く知られる話の出所がほかでもない当事者であり、直接の関係者が「そう言っている」となるとそれもまた厄介な話になります。
 
 イギリスには1930年代後半に試作発注された四発爆撃機がいくつかあります。アブロ・ランカスターがその代表格ですが、ハリファックス、スターリングなど、そして双発のウエリントン、ハンプデン、ホイットリーにしても当時のイギリスの爆撃機はどこか怪物じみた異様さを持っています。その中でもショート・スターリングなどは美しさとは無縁の気味の悪い独特の姿をしています。しかも肝心の飛行性能がいま一つというオマケまでついています。

 スターリングの低性能とは上昇性能、高空性能が計画要求に対して全く不足で、昼間爆撃機としてほとんど使い物にならなかった点ですが、この低性能について設計者は「計画時にイギリス空軍が現在使用している格納庫の扉を全開したときの寸法である100フィート以内に全幅を抑えるように要求したために理想的アスペクト比が得られず、このような性能低下が発生した。」と回想しています。馬鹿馬鹿しい話だけれども、イギリスという国では本当にありそうだし、何と言っても設計者が言うのだから本当だろう、ということでスターリングの解説にはほぼ決まってこの内容が付け加えられます。そうしてスターリングは軍の無定見な要求によって犠牲となった機体のひとつに加えられて来ました。

 ではイギリス空軍は本当に格納庫の扉に合せて爆撃機の翼幅を規制したのかと言えば、その答はYESです。格納庫サイズによる規制は存在したのです。1931年に爆撃機の全幅は「格納庫の扉を全開した寸法に合せるために」70フィート以内とする要求が出ています。100フィートではなくさらに狭い70フィートなのです。しかしその後、ウエリントンはこの規制を遥かにオーバーした機体として登場します。性能優先でこの規格オーバーはあっさりと許されています。というのも実は当時でも標準的なイギリス空軍の格納庫は100フィート幅に扉が開き、70フィート幅の扉を持つ格納庫はむしろ例外的存在でした。そして格納庫のサイズは飛行機の性能向上に伴う大型化に対応して規格を改正している状況でもありました。

 スターリングを四発重爆として、マンチェスターを双発中爆として試作発注した1936年度にもこうした翼幅の規制はあり、100フィート以内という具体的な寸法も存在しています。しかしこの当時、100フィートという寸法はもはや格納庫サイズとはほとんど関係の無い数字であることは先に紹介した通りです。翼幅100フィート以内という規制は格納庫のためではなく、他の目的があったのです。
 それは機体規模の抑制でした。イギリス空軍の要求性能を満たすために爆撃機のサイズは大型化する傾向があり、それは無理のないことでもありましたが、過度に大型化した機体は運用面でも扱いづらく。なによりも製造コストが増大しますから適正な規模に抑えるべき問題でした。翼幅規制100フィートとは機体規模の抑制を目的として嵌められた枷だったということです。

 もともと「旧式格納庫に入らなければ、台車に載せて横押しすれば入るだろう」という健全な意見は当時からあり、さらに1936年度の爆撃機に対する要求には露天で整備、発動機交換ができるようにとの項目も追加されています。「もし入らないなら無理に入れなくても良い」という軍人らしい潔さもあったということですね。

 ではこの翼幅規制は爆撃機の性能に影響を与えたのかといえば、そうとは限りません。航続力や高高度性能を向上させるには翼幅を大きくとってアスペクト比を高めることが効果的ですから確かにもっともらしい話ではありますが、スターリングの性能不良は主翼のアスペクト比といった問題よりも遥かに深刻な計画重量の超過が主な原因であることはちょっと見れば想像がつくことなのですけれども、何しろ設計者自身が戦後に「翼幅規制のために適正なアスペクト比が得られなかったので性能が低下した」と回想しているので、そのインパクトの強さにすっかり覆い隠されてしまっています。

 そしてイギリス空軍には爆撃機を小さくまとめたいもう一つの変わった理由が存在します。それは陸上基地に設置されたカタパルトによる四発重爆撃機と双発中爆撃機の射出発進です。イギリス空軍の爆撃機に対する離陸性能要求は500ヤード以内という、日本海軍とほぼ同等の制限があります。これは滑走路の規格が「狭い、短い」と常に批判される日本とほぼ同様の規模だったからで、この狭い飛行場から超過荷重状態の爆撃機をカタパルト射出することで爆弾搭載量と航続距離を大幅に引き上げることができると考えられていたのが1930年代中期のイギリス空軍なのです。そのためにも機体を強化する必要があり、余分な重量が嵩みますが、カタパルト射出による利益の方が大きいと考えられています。

 四発重爆に降下爆撃能力を付与することを要求しただけで後世の笑いものになる空軍もありますが、重爆全てをカタパルト射出しようとした空軍はどうなのでしょう。そしてその上、マンチェスターに戦艦を雷撃をさせようと、計画当初に18インチ魚雷4本の搭載を計画した空軍はどうなのでしょう。これらは奇策です。けれどもそれらの奇策には、その奇策に頼らざるを得ない事情があり、その事情こそ、軍用機発達史の一番面白いところでもあります。変なことをする奴にはそれなりの事情があるのです。

追記
 He177の名誉(笑)のために付け加えれば、実はHe177にもその計画時にカタパルト射出要求が存在します。誰もそれを採り上げることが無いので知る人が少ないというだけの話です。

5月 21, 2008 · BUN · 2 Comments
Posted in: イギリス空軍

2 Responses

  1. 早房一平 - 5月 30, 2008

    カタパルト射出とは興味深い話です、本国の基地限定の話なのでしょうか? 植民地の基地では・・そもそも4発重爆が必要ないですねえ。

    爆弾搭載量の低下は、機数で補うという発想なのでしょうか、そうだとすると後年の爆撃機大量産と何らかの関係があるような気もします。

  2. BUN - 5月 31, 2008

    ええ、全てイギリス本土からドイツ中枢部への爆撃行のためなんですが、実は日本も陸上攻撃機の射出発進を計画していますから世界的なトレンドだったとも言えるのかもしれませんね。

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