2002年、ぶっちぎりの最速J1降格を記録したこの年、札幌ドームに何度行っても勝ち試合が見れず、唯一の楽しみは、赤黒の10番を背負った山瀬を見てワクテカすることだけだった。
山瀬が靱帯をやったとき は、本気でへこんだ。それは降格が決定的になった瞬間だったように思えた。
あれから六年の時を経て、八咫烏のユニフォームに10番をつけた山瀬を見ると、なんとも感慨深いものがある。もちろん、コンサにいたころは将来代表になると信じて疑わなかったけれども、途中に二回靱帯をやったときは、さすがにつらいかなと思ったものだった。
山瀬の他にも、今ちゃん、ガヤ、バンド、みんな遠いところに行ってしまった気がするなあ。
でも、今のコンサも、六年前当時の 彼らに負けない若手が揃っている。征也、ダイゴ、岡本ヤス。願わくば彼らの一人でも多くが、赤黒に袖を通したままでいてくれますように。