湾岸ミッドナイトを読む

 今日はマンガ喫茶へ行って、「湾岸ミッドナイト」を八巻まで通しで読んできました。
 このマンガ、その熱いセリフに酔った知り合いの間では以前より盛り上がっており、車に全く興味のない自分もヤンマガをみかけては立ち読みしてはいたのですが、今回ダチが単行本を揃え始めたのに感化され、自分も最初から読んでみようと思った次第です。

 ヤンマガでは、この「湾岸ミッドナイト」の他に、同じ走り屋を扱った内容のマンガ「頭文字D」を連載しています。普通ひとつの雑誌で同じジャンルのマンガが連載されることは希であり、このヤンマガでの連載も奇異な印象を受けますが、読めば疑問は解消します。

 「頭文字D」は86トレノを駆る主人公が、ひたすら峠をドリドリしまくる、純粋ジャリタレ向け走り屋マンガです。このマンガの特徴は、まったく人物を描写しないところにあり、そんなことをやる暇があったら、ひたすら峠を攻めまくっているというそんなかんじ。
 対して、「湾岸ミッドナイト」は、表向き主人公とされている、悪魔のZの乗り手、朝倉アキオの存在感はヘリウムより軽く、真の主人公達は、車のチューニングに入れ込んで人生を棒に振ったおっさん連中であると断言できます。
 もちろん、車同士のバトルの描写はあります。でもそれよりか、北見淳がアキオや同業者を説教している場面の方が多く感じられるのが「湾岸ミッドナイト」であり、これと「頭文字D」はまったく異なるジャンルのマンガ、とゆーより互いに対消滅の関係にあるといっても過言ではないでしょう。まーとにかく、読者層の完全な棲み分けが出来ているのは確かなことです。

 さて、前述したとおり、「湾岸ミッドナイト」はチューニングに身を崩した(崩してない人もいるんだけど)おっさんを描いたマンガなわけですが、その中でも真の主人公格と呼べるのが、主人公クルマである悪魔のZを組みあげた、北見淳(40)という男です。
 この男、商売に無関係のチューニングに入れあげたあげく、軌道に乗りかけた工場は手放し、家族には見切りをつけられ逃げられて、今は街の自転車屋を細々と営む、端から見ると人生の落伍者以外の何者でもないおっさんです。
 こういうキャラクターは、自分と同じような破滅への道に足を踏み入れかけた若い同業者に相談を受けたとき、「オレみたいにはなるなよ」と説得するのがパターンなのですが、この北見淳という男、自分と同じ道へと邁進することを大奨励しやがります。

「昔は、朝まで走り続けて、ある朝帰ってきたら女房が流産した後だった。もう二度とあんなマネをするわけには‥‥」と相談されても、北見は一言、
「それがなんだっていうんだよ」

 まさに鬼です。彼につけられた「地獄のチューナー」というあだ名は、この鬼のような性格ゆえ、さほど陳腐な印象を与えません。
 そもそも本人は「工場も失った。家族も失った。でも俺は今最高に幸せだよ」と、完全に開き直っているのですから、手が付けられませんね。

 さて、ある人物が破滅への道を突き進み、落ちるところまで落ちてボロボロになったところで、「こんな生き方は絶対ダメなんだ」と反省する物語を見て、世のダメ人間が心を動かされることはまず滅多にありません。
 しかし、ある人物が破滅への道を突き進み、落ちるところまで落ちてボロボロになったところで、「これでいいのだ」と高らかに宣言する物語はどうでしょうか? 「そうかいいのか」と納得するバカはさすがにいないでしょうし、ほとんどのダメ人間はそこから反面教師として学ぶのではないでしょうか?
 よって、「湾岸ミッドナイト」こそは、ダメ人間にとっての教科書であると、自分は考える次第であります。

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