Archive for the ‘ドクトリン’ Category
砲兵の仕事 22 (ソ連軍の火力主義)
1930年代の機動戦理論は第一次世界大戦のような火力集中を伴わなくとも戦車攻撃によるショック効果で敵軍の指揮連絡中枢を麻痺させることができるという前提で成り立っています。それと同時に軍縮気運と世界的な不況による予算不足 [...]
9月 15, 2010
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砲兵の仕事 21 (戦車と対戦車砲)
戦車とその天敵である対戦車砲とは「どちらが強い」のでしょう。各国陸軍の見解は第二次世界大戦開戦前と戦争中期以降では180度異なります。それは単に技術的な問題ばかりではなく機動戦ドクトリンと火力戦ドクトリンの対決とその結 [...]
9月 8, 2010
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砲兵の仕事 20 (ドイツ軍砲兵火力の分散)
機動力と火力という、相反する要素のどちらを優先するか、あるいはどうやってバランスさせるか、という課題は第二次世界大戦中の各国陸軍にとって悩みの種でした。イギリス軍は第一次世界大戦方式の火力戦の復活を優先して組織改革を行い [...]
8月 19, 2010
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砲兵の仕事 19 (機動力と火力)
第二次世界大戦開戦直後から火力主義の再生をめざしたイギリス陸軍でしたが、戦車戦術が発達した時代に対応するための機材更新に長い時間をとられることになります。くわえてフランス戦で海外遠征軍が重装備をほぼすべて失ったことで、 [...]
8月 18, 2010
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砲兵の仕事 18 (エルアラメイン戦が示した原則)
1930年代に流行した機動戦理論が意識的に、あるいは無意識に火力戦の展開を避けたことで、その最先端を行くドイツ軍の誇る電撃戦は冷静で準備の整った敵に出会うとたちまち頓挫してしまう宿命にありました。戦車の機動を止めるには [...]
7月 28, 2010
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砲兵の仕事 17 (モンティ登場以前にあった変化)
モントゴメリーが北アフリカ戦線の指揮を執り始めたのは1942年8月18日のことです。日本では人気が無く、保守的で頑迷で物量に頼り切った作戦を行う将軍として、ほとんど悪役に近い扱いです。ノルマンディでイギリス軍の攻勢が頓 [...]
7月 9, 2010
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砲兵の仕事 16 (砂漠の機動戦)
1940年夏のフランスでイギリス遠征軍が失った野砲等の重装備は全世界に展開していたイギリス軍全体の60% に及んだと言われています。植民地軍の装備を勘定に入れれば近代的装備のほぼ全てをフランスの戦いで破壊されるか放棄、 [...]
6月 27, 2010
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砲兵の仕事 15 (火力戦ドクトリンの復活)
お待ちかね、かどうかはわかりませんが、ようやく第二次世界大戦にまでたどり着きました。1939年9月1日にドイツ軍はポーランドに侵攻し、イギリス軍とフランス軍は再び連合軍としてドイツにとっての西部戦線を構成します。けれど [...]
6月 22, 2010
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砲兵の仕事 14 (砲兵に頼らない戦争)
1930年代は砲兵にとってまったく不遇の時代です。機械化部隊が機動戦に追従できない牽引式の野戦重砲を放棄してしまったように、徒歩で移動する歩兵部隊さえもが、野戦重砲を軽視し始めた時期でもあります。歩兵部隊までもが野砲の [...]
6月 20, 2010
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砲兵の仕事 13 (砲兵を捨てる機械化部隊)
1930年代は機動戦論が最高潮に達した時代です。 とはいっても「古色蒼然とした歩兵主体の陸戦思想が壁のように存在し、それに対して先進的な若手将校達が装甲機動戦という革新的理論を唱えていた」という認識は正しくありません。 [...]
6月 13, 2010
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