イワンのばか

  漫画にあるようなソ連軍イメージはいつ何処で誰が広めたことなのかと言えば、終戦後のドイツ高級将校達の回想録に始まります。

・質では優越していたが量で圧倒された。
・戦術は単純な突撃主義だった。
・督戦隊の恫喝による人海戦術が最大の特徴だった。
・粛清の影響で野戦将校は無能な者ばかり。
・戦争後期にはドイツ流機動戦の稚拙な模倣が行われた。
・そもそもまともな陸戦理論は存在しなかった。

 こんなソ連軍イメージが語られて来た訳で、これは別に彼等が嘘を言ったのではなく自分自身がそのように認識していたからなのですが、客観的にはドイツ陸軍がソ連軍に対しての体系的な研究を殆どして来なかったことの単純な反映でもあります。
 こうした認識は戦後にドイツ軍に代わってソ連軍と対峙することになったNATO軍にとっても受け容れやすいもので、冷戦時代を通じてソ連軍の陸戦の実相や陸戦ドクトリンに対する表面的な評価はあたかも真実であるかの如く、意図的に広められています。
 ドイツ将校団が何としても認めたくなかった事実は「その量だけでなく理論的にもまったく圧倒されて手も足も出なかった」という厳しい現実です。そのために1944年の東部戦線崩壊についての冷静な分析はあくまでも拒否されて、その崩壊の要因をヒトラーの干渉や連合軍の戦略爆撃の影響といった外部に求める論調が一般的です。

 「ソ連軍は兵器、兵士の質で劣り、陸戦理論は稚拙なものだったが、アメリカの強力な援助に支えられた物量と、ドイツ本国への戦略爆撃によって疲弊したドイツの国力が数的劣勢を絶望的なまでに拡大して、やがて東部戦線の崩壊につながった」

という認識は、ドイツ陸軍将校達と戦後のNATO諸国の軍事関係者の両者にとって自分達の欠陥の隠蔽と第二次大戦の勝利に対する連合国の貢献強調という点で極めて都合がよく、1930年代にソ連陸軍が挙げた機動戦理論上の成果などは「ソ連側の宣伝」として軽く扱われています。

 冷戦後の研究はこのあたりを再評価することで進展していますが、上にあるようなソ連軍イメージはとくにミリタリーファンにとって恰好の悪役の形成を助けていますので、多分、今後も勢いを減ずることは絶対に無い、と断言してしまいましょう。 趣味の戦史とはそうしたものです。

4月 30, 2008 · BUN · 2 Comments
Posted in: 陸戦, 機動突破作戦の変遷

2 Responses

  1. はじめまして - 5月 6, 2011

    航空機関係の検索からこちらを知りました。
    どの記事も興味深く、興奮を覚えながら拝見させて頂いております。
    特に「機動突破作戦の変遷」カテゴリーには大変新鮮なものを感じました。
    「赤軍は物量のみならず実は理論でもドイツ軍を上回っており、それに否を唱える戦後独軍人の言い分はある種の『負け惜しみ』ではないか―」
    コペルニクス的転回だと思います。言われてみればもっともで、例えば1944年夏、第2・第3ウクライナ正面軍のルーマニア征服におけるカルパート山脈の迂回と、その後の独新生第六軍の包囲殲滅、いわゆるヤッシー-キシニョフ攻勢などは本家ドイツの鼻をあかす見事なものであったと思います。
    しかしそれでもドイツ軍、そして戦後の西側連合国において赤軍の評価が低いのは、思想的・政治的な背景のみならず「人命軽視」の要素が強かったのではないでしょうか。
    事実ルーマニア戦の後、赤軍はハンガリー、スロバキアとカルパート山脈沿いの国々を次々手中に収めていくのですが、その際独軍の構築した堅固な山岳陣地に相次いで直面し、その度に無謀とも思える突撃を敢行、30万人以上の甚大な被害を被っています。
    あるいはそうした戦場はイタリアのモンテ・カッシーノ同様「誰がやっても出血は免れない」類のものであったのかも知れません。
    しかしこうした膨大な損害が戦中のドイツ、そして戦後の西側諸国の軍人達の目を眩ませ、木を見て森を見ざるが如き戦略分析の怠慢を生じさせたのではないでしょうか。(だとすれば数多の赤軍将兵の犠牲も「無駄ではなかった」のかも?)
    とにもかくにも、多くの当事者にとって戦争とはやはり「正義の味方」と「悪役」が戦うもの。「敵よりも自分の方が優れている」と言う思いは切実でしょう。過去が後世の人々に都合よく書き換えられたり、忘れ去られたりするのも世の常。そんな中にあって歴史の隠れた面に光を当てる事は意義深いお仕事です。これからもどうぞお体に気をつけて、頑張って下さい。乱文乱筆、大変失礼いたしました。

  2. スキュラ - 5月 6, 2011

    極東の某国の、大陸での戦争相手はどうなんでしょうか。
    記事内の6ヶ条がだいたい当てはまるようなモノ言いが、よく聞かれますが、
    もしかしたら…
    一旦そういう視点を得ると、もう何でも怪しく見えてきます。

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