塹壕戦を終らせた航空戦ドクトリン1

 航空機生産で連合国に劣っていたドイツは開戦前から確立されていた攻勢的航空戦ドクトリンの採用と機動集中主義で航空機の攻勢的用法が未発達だった連合軍の機先を制し、本来であれば次第に押され気味になるはずの航空戦を1917年になっても何とかささえ続けてしまいます。航空発動機の量産でフランスに圧倒されたドイツは優秀な機体製作技術と連合国の一歩先を行く航空戦ドクトリンによって数の上での劣勢を見事に挽回しているのですが、とくに1917年の航空戦の様相は空の戦いだけに留まらず第一次世界大戦全体に対しても重要な意味を持っています。

 第一次世界大戦は開戦直後の陸上機動戦が終息して生まれた長い膠着状態が特徴です。砲兵と機関銃、鉄条網で守られた、互いに破ることも破られることもない塹壕陣地での陰鬱な戦闘が果ても無く続いたことが第一次世界大戦の印象を決定的に陰惨なものにしています。けれども1917年の航空戦は地上攻撃戦術が大きく飛躍したことで塹壕陣地の突破作戦がそれまでより容易に、しかも少ない犠牲で実現できることを示した大きな転換点でした。

 1917年に見られた大きな変化は、それまで単機あるいは少数機による任意の目標に対する攻撃が主体だった地上攻撃が、新しいドクトリンと共に大兵力で集中的に行われるようになった点です。旧ドクトリンの下で行われていた敵後方への少数機による攻撃は元々その威力が小さい上に、それが日常化するなかで敵軍に対する心理的圧迫も薄れてしまい、損害に見合う成果を上げられなくなります。

 そうした戦訓を反映して1917年後半に行われた集中的地上攻撃作戦は、まず地上攻撃機部隊の集中から始まります。それまで分散していた攻撃飛行隊を必要とされる戦区へ移動させ、完全機械化された地上支援部隊がそれに続き、作戦開始と共に数十機単位の出撃が行われ、目標に対して集中、反復した攻撃が実施されます。こうしたことは「言うは易し行うは難し」で第二次世界大戦時でさえ失敗しがちですが、組織的な集中攻撃を可能にしたのが無線装備の標準化です。1917年のドイツ地上攻撃機は無線で指揮されるのが当たり前になってきているのです。上空にある指揮官機が戦闘全体を見渡しつつ指揮下の飛行隊を適切な目標に向かわせるという姿が早くも見られるようになり、地上攻撃の威力は地上攻撃機の機種そのものは大して変わらないにも拘らず、それまでとはかけ離れた絶大なものに変貌します。

 当時の塹壕攻撃用の爆弾は手榴弾に毛の生えたようなものですが、低空で連続投下することができる上、低速の地上攻撃機からの手動投下の精度は高く、しかも乗員は装甲で保護されていましたから露天の塹壕陣地に篭る歩兵にとって極めて厄介な存在で、まして前線陣地の後方で移動する増援部隊にとっては恐るべき敵でした。また当時の地上攻撃機は強力な前方固定機関銃を持ち、後席乗員が操作する機関銃は旋回銃座に装備され、さらに射撃の自由度を増すために予備の機関銃支持架が設けられていますが、こうした装備は地上銃撃がいかに効果的で重視されたかを示すものです。地上攻撃機は小型爆弾と機関銃弾を撒き散らす歩兵の天敵に成長していたのです。

 一方、連合軍、とくに戦闘の焦点となったイギリス軍は地上攻撃任務を一般の単座戦闘機の任務の一つとして考え、単機、または少数機で任意の目標に対して銃撃を加えることが主体です。単機による任意の攻撃はそれはそれで厄介なものでしたが、地上攻撃のための専門的訓練を受けていない戦闘機乗員による攻撃は徹底を欠き、兵力の優位を戦闘の結果に反映しにくい状況が1917年一杯続きます。

 それではイギリス軍爆撃機部隊は何をしていたかといえば、ドイツ軍後方の目標に対する爆撃作戦を主体として、鉄道拠点やドイツ軍飛行場に対する攻撃を行っています。敵後方に対する阻止攻撃という空軍の王道を行く作戦が実施されていた訳です。けれどもこうした作戦はあまり効果を上げていません。分散と秘匿という大原則を戦前からドクトリン化していたドイツ航空部隊を相手にするにはまだまだ兵力も技術も不足していたほか、ドイツ側の後方には連合軍よりも充実した対空火器が侵入機を迎え撃ったからですが、大事なことはイギリス軍もドイツ軍のすぐ後を追って空軍のあるべき姿に近づきつつあったことです。1917年後半には互いの補給拠点が毎晩のように夜間爆撃を受けることは珍しいことではなく、しかも損害は双方にとって深刻でした。このようにドイツ軍の戦術的優位は永久不変のものではなく、ほんの数ヶ月分の進歩でしかありません。

12月 23, 2008 · BUN · 2 Comments
Posted in: ドクトリン, 第一次世界大戦

2 Responses

  1. king - 12月 25, 2008

    引越しと年末の忙しい時期にUP、お疲れ様です。
    前線の塹壕地帯に対する地上攻撃は、第一次大戦の塹壕戦物では記述が殆ど無くて新鮮でした。
    という事は戦車や砲兵陣地への航空攻撃もあったという事なのでしょうか。

  2. BUN - 12月 26, 2008

    kingさん
    お気遣いありがとうございます。
    対戦車攻撃は詳しくわかりませんが、砲兵陣地への攻撃はやっていますね。
    阻止砲撃を妨害することは重要な任務です。

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