第一次世界大戦のドイツ航空戦ドクトリン

 将来の対フランス戦において飛行機を攻撃的用途に積極活用することで飛行機量産面での劣勢を挽回しようとドイツ陸軍が発想できた背景として小モルトケの航空戦に対する情熱的姿勢があります。小モルトケは早くも1912年に飛行機の攻撃的用途への投入を提案し、飛行機への機関銃搭載に関する技術的問題の有無と爆弾投下実験の成績、とくに投下精度についての調査を求めています。ドイツ戦闘機とドイツ爆撃機は小モルトケの着想によって最初の一歩を踏み出したと言うことができます。

 そして小モルトケだけでなくルーデンドルフもまた熱心な航空軍備推進者でした。ルーデンドルフは1914年までに600機弱の飛行機を各軍と騎兵軍団、要塞守備隊に配備する必要があると説き、1916年までに1796機にまで航空兵力を充実しなければならないと要求しています。しかも彼らは机上でそう考えるだけでなく、二人とも実際に陸軍の飛行機部隊に赴いて飛行機に搭乗しながら、機関銃装備や爆弾搭載量と爆弾投下精度といった具体的な問題に心を配っています。それは1913年のことですが、こんな時期にモルトケやルーデンドルフが揃って航空軍備に注力したのは個人的な着想からではなく、むしろドイツ参謀本部全体が航空軍備充実を支持していたことの反映です。参謀本部に属する多数の将校達の間で、新兵器である飛行機を攻撃任務に積極投入することで仮想敵国とは違うやり方で戦争ができると考えられたからです。昨日と違う戦争ができる軍隊はその対抗策が採られるまでは優位に立てます。第一次世界大戦前のドイツ陸軍にとって航空軍備とはそうした存在でした。

 第一次世界大戦前のドイツ陸軍参謀本部は航空軍備充実に向けて本気で取り組んでいたという証拠に1914年までにパイロットとして、または観測員としての訓練を受けた参謀本部所属の将校は40人弱程度に達したと言われています。この数は大した物です。ドイツ参謀本部には総勢622人(1914年度)の将校が在籍していますが、飛行任務に耐えられる年齢層の若手将校に集合をかけるとその中に飛行機搭乗員がゴロゴロいるという数字です。しかも老獪なドイツ陸軍高級将校の多くにも飛行機搭乗経験があるという、そうした気運が無ければ世界大戦中にカンブリア紀の大爆発の如く現れる様々な機種と形態のドイツ軍用飛行機群は存在し得なかったでしょう。「世界大戦でドイツは航空に不熱心だった」どころか、ドイツ将校団は来るべき戦争を空から眺めながら準備していたのです。

 その熱狂とは裏腹に機材の充実は技術的問題と航空機工業の未成熟のためになかなか進みませんが、それでも1913年3月には早くも最初の航空戦ドクトリン「航空部隊の訓練と軍用航空機」がマニュアル化されます。この内容と1913年度の演習成果によって軍用飛行機の任務は概ね次のような形にまとまります。

長距離戦略偵察
短距離戦術偵察
砲兵射撃観測
騎兵用偵察
敵航空機との戦闘
地上部隊攻撃
敵後方軍事施設の攻撃
連絡飛行
部隊輸送

 飛行機は陸戦に大変役に立つ重要兵器であることは何処の国の陸軍将校にも自明のことでしたが、ドイツ陸軍参謀本部内では誰にも解りやすい偵察と砲兵観測任務の枠組みから大きく踏み出した用途に飛行機を用いる可能性が重視されていたところに特徴があります。まず飛行機に対するそうした発想があり、それがドクトリン化され、兵器開発がそれに続いているという構図です。発想を実施面まで落とし込んだドイツ陸軍参謀本部の先見の明は賞賛に値しますが、だからといって他を寄せ付けない程の天才的振る舞いという訳でもありません。

 1914年の青島攻略戦で我が国の航空部隊は偵察任務を主体としながらも、当初から対航空機戦闘を予想して機関銃の搭載を準備し、まるで当然の如く爆撃まで実施しています。日露戦争から数年しか経ていない日本陸海軍に誰がそんなことを教えたのでしょう。しかし現実には誰が教えなくても飛行機を兵器として用いる発想とはもともとそうした攻撃任務を含むものだったのです。ドイツ陸軍の事例はそれが当時の列強陸軍の中で突出して熱心かつ大規模で組織的だったということで「飛行機は攻撃的兵器である」という誰もが漠然と理解していたことを他国より先にやり始めただけのことなのです。

12月 15, 2008 · BUN · 3 Comments
Posted in: 第一次世界大戦

3 Responses

  1. BUN - 12月 16, 2008

    kingさん
     そうなんです。
     今晩も送別会の宴の後なんですが、このブログの元は基本的に海外の論文に依っています。いくつかのものを総合して述べている場合もありますし、そうでない場合もあります。
     日本陸海軍のことについて述べる際はほぼ原資料を元にしていますが、欧米の物事については鋭意収集していますが、必ずしも原資料が手もとにあるとは限りません。先達のさまざまな研究の成果を端折って半端にご紹介するのみです。ですから、どうぞお気楽にお読みください。

  2. マンスール - 12月 17, 2008

    ドクトリン・シリーズの再開、おめでとうございます。この機会に、ぜひ「ドクトリン」タグを追加していただけないでしょうか。

  3. BUN - 12月 23, 2008

    はい、本日より増設いたしました。

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