夏休み特番 「日本海軍機 迷彩塗粧ヲナセ!」 1
特別編は趣を大きく変えて日本海軍機の迷彩塗装を追いかけてみます。
飛行機を何色で塗ったか、といった問題は戦争の歴史の中ではそれほど重要なことではありません。むしろどうでもいい部類に入る話です。けれども趣味で模型を作る者にとっては自分の作り上げるものの仕上げに関わる重要事項でもあります。ですから随分と昔からこれは何色、あれはどのように塗ったといった話が伝えられて来ましたが、もともと戦史の本筋からは外れたテーマなので学術的な研究が為されたことはなく、戦史研究の分野に踏み込んで辺りを見回しても助けになる文献に出会う事ができません。そのためにいきおい伝聞や推測に頼ることになり、本来あり得ないようなストーリーが定説化してしまうこともあります。
そもそも軍隊とは命令と規則で動く典型的なお役所組織です。兵器や資材は制式(制式とはわかりやすく言えば「規格」のことです。官が民に追加発注するときに同質同等のものが手に入るよう定める規格を制式と呼びます。)が明治時代から存在しますし、日本の軍用機も第一次世界大戦直後から発動機や補機類、車輪、ネジにまで制式が定められて規格化されています。飛行機に塗る塗料も同じで色や材質が決まっていて、補給されるものはその規格に沿ったものです。
規格化されているといつでも同じ物が手に入るので便利な反面、「必要に応じて適当に混ぜて塗る」といったことができなくなります。混色して勝手な色を作ってしまえばその塗料は員数外のガラクタになってしまうからです。あとから「この量だけ持っているはずの在庫を他隊に転用せよ」と命じられても差し出せない廃品になり責任が問われるということですから、よほどの事が無い限り勝手に混ぜて応急対応することは難しいのです。このように命令と規則で動く大組織である海軍航空隊が、支那事変の勃発によってどれだけ混乱したかを追いかけてみたいと思います。飛行機の迷彩塗装(海軍用語では「塗粧」ですが)といった瑣末な部分にも、この戦争に対する日本海軍の認識や姿勢が垣間見えるからです。
軍隊が使う飛行機は目立った方が良い場合もあります。平時はどんどん目立った方が軍事力のプレゼンスに都合が良いのです。 日本海軍航空隊もそうした組織の一つでありました。
ところが昭和12年の七夕あたりに戦争のようなものが始まり、海軍航空隊も大陸での戦闘に参加することが決まります。
これは予想外の一大事でした。いわゆる「15年戦争史観」では予定通りの陰謀的な開戦ですが、近代国家にとって、空軍を支度しない戦争準備なんてあり得ません。とにかく大慌てで準備が開始されます。まず何が無いといって、実は爆弾が無いのですけれどもそれは置いておくとして飛行機にも戦時用の支度をしなければなりません。
もともと日本海軍の飛行機は翼や胴体、尾翼に大きく番号や所属を描いています。これは書体や大きさまでちゃんと規定されていますが、戦時はこれを隠さなければなりません。番号が判ると兵力が算出できるからです。そして敵機がこちらの基地を攻撃して来た場合、飛行機を偽装、迷彩しなければなりません。内地の飛行機の多くは格納庫にしまえるので戦時でも迷彩の必要はありませんが、前線基地には格納庫が無い場合もあるからです。
しかも、日本に存在するもう一つの空軍、陸軍航空隊と一緒に戦うのがこれから始まる大陸での戦争の特徴です。この異質な軍隊の同じような部隊とどう協調するか、それが大きな課題になって来ます。陸軍と航空隊の運用について急遽相談しつつ、あれやこれやと規則を作る中で海軍機の装いに関する重要な令達が行われます。
それが7月20日に下された官房機密第五〇五号です。
「今次事変中、作戦ニ従事スベキ航空機ノ塗粧及標識、航空機番号表示方ニ関シ左ノ通リ定メラル・・・」
これが飛行機の迷彩に関する一番重要な約束事になります。「番号を隠せ」「迷彩を実施しろ」と命じる五〇五号を実行すること、それは単純なことでしたが、飛行機の装いがガラッと変わる大事件です。
こういう事が急に起きると、何が大変かといって現場が大変なんですね。
8月 13, 2012
· BUN · 3 Comments
Posted in: 陸海軍航空隊
3 Responses
えむでん - 8月 13, 2012
こんにちは
いつも楽しみに拝見しています。
零戦が明灰色だったり、灰緑色になったり、濃緑色に統一されたり、はたまたそれらの迷彩だったり、と言った所もこれからのお話で出て来ますか?
現場の混乱ぶりがなんか解るような気がします。
P爺 - 8月 13, 2012
こちらでは初めまして.今回のツボはやはり
> 爆弾がないのですけれどもそれは置いておく
辺りでせうか.
BUN - 8月 13, 2012
えむでんさん
最後にちょっとだけ出ます(笑)。
P爺さん
おつかれさまです。
まさにその通りでございます。
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