即席空軍大国10 (木と布で飛行機を造るという間違い)

 第一次世界大戦にアメリカが参戦し、連合国のために軍用機をかつてない規模で量産し始めようとした時、今まで紹介した技術的な問題だけでなく、そもそも飛行機を大量に作るだけの材料が無い、という根本的な障害がありました。当時の飛行機は木製の骨格に亜麻布を張ってドープで塗り固めて造られています。どんなに優れたエンジンを開発しようと、どんなに先進的な理論で機体を設計しようと、木と布が無ければ飛行機が造れないのです。
 今回は木と布の話です。

 飛行機の大量生産は豊富な森林資源が無ければ成り立ちません。けれどもヨーロッパ諸国はもう何百年も前から貴重な森林資源を艦船の建造に費やして来ていますし、近代的な陸戦兵器も大量の木材を必要とします。小銃の銃床から重砲の車輪まで良質の木材を必要としない兵器など無いといっても良い程です。
 ところが、ヨーロッパの中心部はドイツ帝国の支配下にあり、イギリスやフランスが入手できる森林資源は現有兵器の増産で手一杯で、新たに飛行機を兵器として大量生産することはそれだけで大問題でしたし、ましてアメリカの飛行機増産に対してヨーロッパから木材を提供することなどまったくの問題外でした。

 この事情はアメリカにとっても同じことで、資源豊富なアメリカとはいえ、そう簡単に伐採できる場所にはまともな森林資源などありません。アメリカもヨーロッパと同じように木材を消費しながら成長した工業国家ですから当然のことです。飛行機の骨格に適するトウヒの林など人が通えるような場所に残っている訳がなく、その上アメリカに課せられた一年以内に大量の飛行機を生産するという期限付きの責務は悠長に開発を待つことを許してはくれません。

 それでも全国調査の末に太平洋岸のオレゴン州やワシントン州の人跡未踏の奥地に適当な森林が存在することが確認されますが、今度はそれを伐採するための人の問題が持ち上がります。既に第一次大戦の特需景気で能力的に飽和状態にあった林業関係の組合は政府の方針とはいえ、新たな森林開発を行う実力も気力も無く、政府の強引な要求は組合のストライキとなって返って来ます。今でも十分に食える以上、何で鳥も通わぬような山奥へと伐採の手を広げる必要があるのかも疑問なら、一時的な需要で無茶苦茶な伐採を行うことへの反発もあり、政府と林業組合との確執は結局、収拾がつかないまま終わります。

 結局、アメリカ政府は非常手段として退役軍人を招集して伐採部隊を組織し、林業組合を無視して強引な伐採を行うことになります。その結果、人跡未踏の山岳地帯に道路を造り、未経験の作業者を送り込んで行う伐採計画はアメリカの飛行機量産計画を数ヶ月遅らせてしまいます。このためにアメリカ製軍用機の大群が戦場に到着するまで自国製の軍用機を供給してくれるはずだったフランスはアメリカからの飛行機材料が予定通りに届かないことから態度を硬化させ、新鋭軍用機の供給を渋るようになり、結果的にアメリカ陸軍航空部隊は満足な装備を受け取れないという事態が発生します。第一次世界大戦でアメリカ軍活躍できなかった理由の一つがこうした木材の供給問題でした。

 そして骨格の材料が不足していたのと同じように、外皮となる布も不足しています。もともと飛行機の外皮に用いられた亜麻布の産地はロシア、ベルギー、そしてアイルランドです。このうちロシアは革命下にあり、ベルギーはドイツの支配下にあります。三大産地のうち二つが利用できないため、飛行機の外皮用の布は木材以上に不足していたのです。そしてアメリカでは大量の亜麻布を即時に入手できません。今から栽培し始めても戦争には間に合わないのです。

 その結果、アメリカ陸軍は現在、手に入るもので代用を試みます。それはアメリカで大量に生産されるコットンです。麻が駄目なら木綿で代用しようという発想です。そこでアメリカ全土で長繊維木綿の大規模な徴発が行われます。重量、強度、共に問題があると考えられていた木綿ですが、実際に試験してみると飛行機用として十分な適性があることが判り、アメリカ製軍用機は麻布ではなくジーンズのような木綿の外皮を纏うことになります。

 骨格用の木材を奥地から無理やり切り出して、麻の代わりに木綿で代用したところで、その外皮を塗り固めて強度を持たせるドープも、実は、手に入りません。硝酸繊維素系ドープの生産は読んで字の如くコーダイト火薬の生産と競合してしまいます。ただでさえ大量の火薬を必要としていたヨーロッパ戦線で、連合国がアメリカにドープを分けてくれるはずもありませんし、自国の火薬需要も面倒を看なければならず、アメリカは木材、亜麻布についでドープの入手も見込みが無いという事態に直面します。

 そこでアメリカは泣いても笑っても手に入らない硝酸繊維素系ドープに見切りをつけて酢酸繊維素系ドープの生産に注力し始めます。もともと酢酸繊維素系ドープは燃えにくく軍用機には最適でしたが、当時、酢酸繊維素系ドープを増産しつつあったイギリスにも余剰はなく、アメリカは2000万ドルを投資して自国の化学工業各社に新規設備を整備させて量産に励みます。硝酸繊維素系ドープから酢酸繊維素系ドープへの切換えはモノの本にあるような火災に強いといった軍事的メリットよりも、硝酸繊維素系ドープの払底という事態が招いたものだったのです。

 さて、木材も布もドープも手に入らないという悪条件に苦しんだアメリカの軍用機量産計画ですが、資源不足という問題は戦時の緊急増産という条件を割り引いたとしても、どうせどこかで突き当たる壁のようなものでした。飛行機という機械はもともと木と布で造っては成り立たないのです。雨に塗れれば歪んで、黴が生えて、腐り、日光に当たるだけで劣化してゆく木と布の飛行機はただそれだけで厄介なものです。そのため、既に開戦前から理想的航空機材料が用意されつつありました。

 1909年にドイツで発明された新しいアルミニウム合金である「ジュラルミン」は軽量で強度を必要とした超大型航空機であるツェッペリン飛行船の構造材にはじめて採用されます。ドイツはジュラルミンを発明することで今まで剛性不足で利用できなかったアルミニウムを航空機の世界に持ち込みました。ユンカースの全金属製軍用機が世界に先駆けてドイツに誕生したのは偶然ではなかったのです。航空機に相応しい新しい材料として特殊軽合金が導入されることで軍用機の世界は始めて戦時量産に耐えられるようになったとも言えます。イギリス本土空襲で撃墜されたツェッペリン飛行船の残骸から発見された新しい軽合金のサンプルはただちに連合国各国に分配され、アメリカも日本もその分析と自国での製造を試み、日本でさえ海軍から研究委託された住友はジュラルミンの製造に成功し、アメリカに至ってはその量産を開始します。もし万が一、戦争があと3年程続いたとしたら、ヨーロッパの空は第二次世界大戦を待たずに全金属製軍用機に覆われていたことでしょう。もともと飛行機とは木や布で造ってよい機械ではなかったのですから。

10月 19, 2009 · BUN · 7 Comments
Posted in: アメリカ陸軍航空隊, 航空機生産

7 Responses

  1. 椋鳥 - 10月 23, 2009

    コメントでは初めまして、ムクドリと申します。

    木材は加工が面倒な上に再利用がききませんからね。
    合板で効率良くしても限界がありますし、ジェラルミンが出てこなくても遅かれ早かれ金属化が進んだのではないかと。

    鉄パイプで組まれた航空機というのも、ある意味ロマンを誘う代物ではありますが…

  2. ねこ800 - 10月 23, 2009

    蚊が化けて出そうなお話www

  3. BUN - 10月 24, 2009

    椋鳥さん

    いらっしゃいませ。
    おっしゃる通りですね。ジュラルミンが無ければ無いなりに金属化が進んだと思います。

    ねこ800さん

    モスキートなど第二次大戦中の木製機のリバイバルは余程の事情があるということです。
    戦争初期の段階で
    資源豊富なはずのアメリカに何故木製軍用機計画があるのか。
    代用材料が大好きなドイツには何故木製軍用機計画が無いのか。
    このあたりは面白い所で、そこには理路整然とした答があります。

  4. ねこ800 - 10月 24, 2009

    >代用材料が大好きなドイツには何故木製軍用機計画が無いのか

    あああああああああああああああああ!!!!!!

    なるほど。

  5. かわいそうすけ - 11月 18, 2009

    はじめまして。初めてコメントさせていただきます。

    丸善の「強さの秘密」という材料強度の入門書のなかで、「そもそも木材は
    愚か者にいじくられるのを喜んで許すような材料ではなく、木の飛行機のトラブルの大部分は、気の利かない人たちが引き起こしたものだ。」と書かれ
    ていた一文を思い出しました。
    という事はと、遅かれ早かれ「聞き分けの良い」金属材料の飛行機が登場するのは当然だったんでしょうね。

  6. 北の旅人 - 11月 18, 2009

    初めまして。いつも面白く拝見させて頂いております。
    この度初めてコメントさせて頂きます。

    三国志で蜀が魏を攻め切れなかったのは武装生産に必要な木材が足りなかった、とか、古代フェニキア人は良質なレバノン杉を用いることで優秀な交易船を建造し交易を一手に握ったが、杉が無くなると一気に衰退した、等の話は知っていましたが、WW1というごく最近迄木材が一国の方針を左右した、というのはまさに目から鱗でした。
    近年の歩兵の小火器のストックが木材からポリマー素材に変化してきているのも生産材料の供給安定などの事情も噛んでいるのかなぁ等と考えさせられました。

  7. BUN - 11月 30, 2009

    かわいそうすけ さん

    こちらこそはじめまして。

    枯渇しつつあった木材を兵器材料としてもう一度利用するためにはあとひと工夫できる時代を待たなければならないんですよね。

    北の旅人さん

    はじめまして。

    我が国の歩兵銃が胡桃材を使っている一方でモーゼルKar98kはブナ材の合板になっているのはどうしてなんだろう、といった疑問が私にとってこんなことを調べ始めたきっかけです。

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