デファイアントの言い分を聞く夜

 単発複座というだけで何か触れてはならないハンディキャップを背負った存在のように思える上に、さらにまた7.7mm四連装球形動力銃座を装備し、前方固定機銃を持たないという常人には理解しがたい設計であるためにボルトンポール デファイアントは「珍機」として知られ、そして実戦ではまったく活躍できず、昼間戦闘から引き上げられて夜間戦闘機として使われ、最後は標的曳航機として雑用に向けられたという情けない戦歴が駄作機としての評価を決定的にしているようです。

・7.7mm動力銃座が攻撃兵器になり得るという誤解の産物
・ブリストルF2B以来、イギリス伝統の複座戦闘機、最後の生き残り

 他にもあるかもしれませんが、デファイアントについてはこんな評判が代表的であるようです。複座戦闘機が弱ければF14トムキャットは弱いのか、とか、動力銃座が攻撃兵器にならないなら究極の夜戦、P-61の銃塔は防御用か、などと臍の曲がったことを言っても仕方がありませんので、「あれこれ批評する前に、何故そうなったのかを調べてみる」ことにします。批評、評論なんてものは他にすることが無くなってからやれば良いのです。

 デファイアントに興味を持つような方々はおそらくこのような銃塔装備の戦闘機がこれだけではなく、多くの計画が存在したことをご存知でしょう。1930年代のイギリス戦闘機には公式な分類ではありませんがターレットファイターというジャンルが存在します。1920年代から第二次世界大戦勃発までのイギリス戦闘機は本土に侵入する爆撃機の邀撃を行うことが第一の任務ですからこうしたターレットファイター達もスピットファイアやハリケーンと同じように爆撃機の邀撃を目的として計画されたものです。スピットファイアとデファイアントは同じ任務を達成するための戦闘機計画なのです。

 その任務とは「高速爆撃機の密集編隊に対する攻撃」です。この頃のイギリス空軍では爆撃機が密集編隊を組んで防御火力を集中させた場合、通常の戦闘機では太刀打ちできないという考え方が力を持っています。イギリスだけではなく当時、各国空軍はだいたい同じような心配をしていますが、笑い飛ばせる話ではありません。第二次世界大戦中にB-17がドイツ上空でどのように戦ったかを思い出せばイギリス空軍の問題意識はそれほど的外れではなく、双発爆撃機の高性能化と複葉戦闘機の性能的限界への到達が重なったこの時代としてはむしろ当然のことでもあります。

 爆撃機の密集編隊に対する有効な攻撃法として、多数の銃を同時に発射して防御側の火力を時間あたりの投射量で圧倒するという発想が生まれます。これがスピットファイアやハリケーンが採用した多銃搭載方式です。この発想の原型は多数の銃を装備した戦闘機が密集編隊を組み、前方固定銃を無照準で同時発射するというものです。

 
「大口径機関砲の少数装備よりも中小後継機関銃の多銃装備が合理的」といった評価がありますが、当のイギリス空軍にはそんな考え方は一切ありません。スピットファイアもハリケーンもその武装が考案された背景には「とにかく圧倒的な火力で敵爆撃機を包み込む」という身も蓋も無い発想が存在します。さすがに密集編隊無照準射撃という戦術は非現実的であるとして退けられますが、多銃搭載はほぼ同時に研究された「キャノンファイター」(これから機関砲を開発して新しい戦闘機に積む、という王道を行く計画。零戦の計画とよく似ています。)と一対をなす、爆撃機編隊を攻撃するための方策なのです。

 そして無照準編隊射撃という荒っぽい戦法よりももう少し冷静なやり方もほぼ同時に研究されています。それは「多方向からの同時射撃」です。爆撃機を攻撃する場合、防御銃火を集中しやすい後方から攻撃するよりも、爆撃機の側方、前方、下方などから複数の戦闘機編隊が同時に射撃することができれば効果的であるという発想で、そのために考案された機体はデファイアントどころではなく、機首に銃塔を搭載する方式や、操縦席前後に銃塔を搭載する方式など、英国の伝統のように言われるF2B以来の複座戦闘機とは似ても似つかない形態が比較検討されています。

 結局、それらの案は飛行性能の低下と照らし合わされて消えて行き、単発複座で後席を銃塔としたあの形態に落ち着くことになります。銃塔装備の戦闘機案の中でいちばん無難な形態であったからとりあえず生き残ったというだけですから、デファイアントはF2Bやデモンの血筋ではなく、世にも珍しい銃塔装備多座戦闘機の一族ということになります。

 そして銃塔装備戦闘機の研究が進む中で、最初はあった前方固定銃がいつの間にか消滅してしまいます。これは重量問題も大きく絡んではいるようなのですが、主に戦術上の理由によります。デファイアントは編隊を組み、各編隊が多方向から同時射撃をする戦法を実施できるように計画された機体ですから、いたずらに前方固定銃を装備すると操縦者に単機戦闘の誘惑を与えてしまい、整然とした編隊戦闘の妨げになるという筋が通るような通らないような意見が現実に存在しています。

 そしてデファイアントに求められた要求性能として「ゾーンファイター」としての昼夜間両方の行動能力があったことも重要です。主に沿岸で急発進する「インターセプター」ではなく、昼も夜も空中戦ゾーンを哨戒できる能力が求められていた訳です。バトルオブブリテンでの悲惨な結果のために夜間戦闘機として使用されたのは事実ですが、この飛行機は設計に入る前の研究段階から立派な「夜間戦闘機」でもありました。動力銃塔はドイツのシュラーゲムジークよりも扱いやすい「斜め前上方を射撃できる武器」ですから当然のことなのです。

 スピットファイアとデファイアントは無照準編隊射撃という荒々しい発想と多方向同時射撃というそれ自体は合理的な発想とがそれぞれ実機の量産、配備にまでたどり着いた姿です。どちらも高速爆撃機の密集編隊をどうやって攻撃するか、という戦術上の課題によって生まれたもので、ものの考え方としてはデファイアントの発想の方がよほど知的に見えるだけにその報われなさが際立ちます。

 しかも最初から対戦闘機戦は考えず、護衛戦闘機に対してはインターセプターが対処することを期待されていた対爆撃機専門の戦闘機ですから対Bf109戦で苦杯を舐めるのは構想段階から想定されていたことでもあります。もし、幸か不幸かこの戦闘機の大量配備が実現していたら、1940年のロンドン上空でデファイアント編隊が多方向同時射撃によってHe111の編隊長機を一瞬にして葬る光景も(ひょっとしたら)見られたかもしれません。 それがデファイアントの目指した「あるべき姿」でした。

5月 16, 2008 · BUN · 8 Comments
Posted in: イギリス空軍

8 Responses

  1. マンスール - 5月 16, 2008

    「無照準編隊射撃」というのは、前装銃時代の密集横隊戦術の復活ですね。
    18世紀的な戦術の延長線上で更に妄想を進めると、爆撃機相手に一番有効なのは、横向きに多数の機銃を固定した同サイズの大型機による片舷斉射ではないでしょうか。もともと機動性は当てにならないので、限界まで装甲板も積めばいいのですし。

  2. BUN - 5月 17, 2008

    おお、実にドーウェ的な飛行機ですね。

  3. ささき - 5月 18, 2008

    強大な面制圧兵器による無照準射撃という発想は、米軍の無誘導空対空核ミサイル・ジーニーにつながるものを感じます。

  4. BUN - 5月 18, 2008

    英空軍の不思議というのは、こんなことを思いつくこと、そのものじゃないんですよね。
    爆撃機の計画要求を眺めていて、どうにも気になるのは相手も同じようなことをして来るかも、と思っていないところですね。

  5. BeauFighter - 11月 25, 2010

     こんにちわ。つい最近、砲関係の検索でこちらを知りまして
    楽しく拝見させていただいております。

     古い記事に対してのレスポンスで恐縮なのですけれども、
    >爆撃機の計画要求を眺めていて、どうにも気になるのは相手も
    >同じようなことをして来るかも、と思っていないところですね。

     というのには一つの回答がありまして。

     個人的には大戦間からジェットの初期くらいまでの英軍機が
    大好きで、割とそのあたりに元気だった飛行機会社などを扱った
    洋書を取り寄せていくらか読んでいるのですが。

     砲火力の進化をお書きになったBUN様が度々おっしゃるように、
    「世界終末戦争を終わらせた戦争」が終わった後の社会において
    軍備にかけるお金は最小限、という大きな制約がありましたよね。

     そんな時代にいきなり発足したばかりの英空軍は装備に金
    ばっかりかかる宿命を背負いながらビンボー暮らしをすることを
    余儀なくされた生まれながらの苦労の子で、その組織も若く、
    航空機の調達にしても仕様を出して企業側の独自開発を促し、
    コンペで採用してしのぐ有様。あまり大量に購入できないので、
    少数づつコンセプトごとに色々な機種を採用しては各企業に
    「いつもすみませんねぇ」と頭を下げる毎日。

     対して企業側も、航空分野では様々な進歩が他国に先んじられ、
    なんだか受注も少ない上にやる気も出ねえや!みたいな感じ。

     そんな空気の中、様々なごたまぜの実験的理論に基づいた
    ありとあらゆるバラバラな仕様が提示され、各企業も試行錯誤を
    「予算の範疇で」繰り返していたわけなのですけれど。

     こういう心理的背景が答えになるのかもしれません。

     他所に対抗しようにも具体的目標(仮想敵)が定まらない
    ……というか当座存在しない時代に、RAFも自分の頭の中で
    最良を模索しているだけで、いっぱいいっぱいだったんですよ。
    お金もないし具体性もないし。

     それと、かわいそうなデファイアントの名誉の為に。

     円陣防御を組んで敵戦闘機を撃退する「旋回銃座型戦闘機」も、
    前方銃だけの単座戦闘機も、第一次世界大戦では等しく有用で
    あったし、デファイアントの開発仕様が出た時も後者と等しく
    前者的なものもあってもいいだろう、くらいなものでした。
    当時実用化されたばかりの高速作動する動力銃座を使って、
    なんか対爆撃機単葉高速戦闘機作ってみ?みたいな感じの。

     コンペにはブリストル、ヴィッカース、ホーカー、それと
    ウエストランドとブラックバーンと動力銃座本体を作った
    ボールトン・ポールが企画書を提出しましたけれど、実際に
    設計図から試作機コンペまで実機を作って持ち込んだのは
    ホーカー(ハリケーンのエアフレームを使った軽爆型試作機
    ホットスパーに銃座乗せただけ)、ブラックバーン(スクア
    軽爆に銃座乗せて各部を改良)、そしてさすがは生産元、銃座
    の重心位置も仕様も知り尽くしている上にやたらに気合十分で
    機体から新設計で挑んだボールトン・ポールだけでした。

     割と平時のペースでのんびりのんびり進んでいた上に国際社会の
    状況と技術革新は進んでおります。この熱の入らないコンペの
    状況からしても、仕様を出した側もそれにお付き合いしていた
    企業(ボールトン・ポールを除く)のほうも「このコンセプト、
    なんかそろそろダメっぽくね?」と薄々感づいてはいたのだと
    思われる節があります。実際、コンペを通ってしまったもう一つ
    の機体、スクア改造のロックを作ったブラックバーンの方は
    海軍から受注が来たスクアの生産と水上機用フロート、飛行艇の
    艇体補修などが忙しいなどの理由もあって実用機開発と修正を
    ずるずると遅らせて少数しか納品しませんでしたし。

     ヘンドンの BoB Memorial Hallで実機を見ると、デファイアント
    はスピットファイアやBf109より一回り大きく、うっかりするとBf110ほどはあろうかというサイズ。安定構造の厚めの翼と、
    部分的に断面構造が角ばった胴体はなんとも逞しい限りでした。
    背中に背負った動力銃筒はよくもまあこんなコンパクトに
    人一人と.303機銃4丁を360度旋回させる構造になってるな、と
    感心しきり。これだけのマッシブで重量のある複座の機体を、
    マーリンIかIIの単発でなめらかに横ロールさせられたそうです。
    仕様書が提示された当時の複葉双発、四発重爆が相手だったら
    それはもうすさまじい戦闘力を発揮したに違いありません。

     戦闘機さえ来なければ。

     ですから、この子はかわいそうな子なんです。生まれた時代が
    悪かったんです。みなさん、あまりいぢめないであげて下さい。

  6. BUN - 11月 27, 2010

    Beaufighterさん

    デファイアントは確かに立派に見える飛行機ですね。動力銃塔を装備した日本から見ると夢のような戦闘機です。
    実機を眺めるのと本で読むのとは受け取るものが違いますものね。
    私はデファイアントを写真でしか見たことがありませんから羨ましい限りです。

    1930年代中期以降のイギリス航空工業は、たぶん、ドイツと並んで世界で一番活気のある「生産能力を超えて発注が溢れている」状態にあり、休眠施設の再稼働、新工場建設と忙しい限りです。イギリス空軍もまた発足以来、最優先で軍備を整えて来ていますから、他国の空軍に比べてかなり恵まれた存在なんです。

    「仕様を出して企業側の独自開発を促し、コンペで採用」は各国ともほぼ共通のプロセスですね。

  7. BeauFigher - 11月 27, 2010

     お返事ありがとうございます。

    >1930年代中期以降のイギリス航空工業は、たぶん、ドイツと並んで世界で一番活気のある「生産能力を超えて発注が溢れている」状態にあり、休眠施設の再稼働、新工場建設と忙しい限りです。

     その前後あたりの正式採用機が割と面白くて好きなのですよ。
    直前には「できたばかりの新技術溢れる謎のコンセプト機」が
    数飛行隊づつ採用されていたり(Baulton Paul Overstrandとか)、
    直後には「ええい軍事拡張に新型機の設計が追いつかないから
    今試作が終わってるやつ片っ端から採用しちゃえ!」的な
    経緯で配備されたけど後に生産機種統合で生産停止になった機など
    (いにしえのガン・ファイター計画の直系の子孫で、ハリケーン
    よりもコンパクトなサイズに前方20mm機銃4門機種装備の双発機
    Westland Whirlwindや前方投影面積を減らす究極の形を目指した
    上に特異な長いテーパー翼、全通爆弾倉を装備して積載量アップを
    図ったのはいいけど5人の乗組員は乗る場所が狭すぎて身じろぎも
    できなかったHandley Page Hampdenとか)、実にまあ極端な
    コンセプトでいいとこあったんだけどなぁ、っていうような
    微妙な出来の可愛い子たちが英国にはごろごろとあってもう
    楽しくてしかたがないのです。まあ各国にも掘り起こせば色々
    あるようですけれど。

     偏っていてすみません。今お書きになられている砲兵の歴史
    シリーズ、これからも楽しみに読ませていただきますね。

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