痛恨のルイジアナ演習

 M4シャーマン戦車の75mm砲がドイツの重戦車に対して威力不足だったことは誰でも知っていますが、アメリカ陸軍には最初からM4よりも強力な高初速の大砲を積んだ戦車が配備されています。M10に始まる戦車駆逐車シリーズです。常識人は素直に「なぜそんな戦車があるんだ?」と思いますが、戦車マニアはスペック表を読みながら「大威力の砲を搭載するには装甲を犠牲にして・・・」「戦車というものはそもそも敵戦車撃破が第一の任務ではなく・・」といった小ざかしい説明をいとも簡単に始めてしまいます(私も同類です。世間様ごめんなさい。)。 じゃあ、何でアメリカ陸軍のみ、あのような旋回砲塔を装備した比較的軽装甲な戦車を大量に装備しているのでしょうか。

 その答は1941年のルイジアナ演習にあります。
 この演習は対独開戦前にアメリカ陸軍が実施した最大の機動演習で、この演習の成果によって翌年の北アフリカ作戦が可能になったとも言える機動作戦の総仕上げ的演習です。こうした大演習で「旧思想の信奉者に戦車の威力を思い知らせたのでした」とタミヤのプラモ解説調に行きたいところですけれども、確かに極めて重要な演習ではありましたが、戦車部隊はここで敗北しているのです。

 騎兵科の保守派は戦車部隊に心情的に敵対していましたが、戦車部隊にはもう一つの強大な敵対勢力である砲兵が理論的に敵対しています。すなわち走り回る大砲である戦車については砲兵科に主導権があるというものです。同じような傾向はドイツにも日本にも見られます。
 この演習はどちらかというと従来の戦術理論の枠組で実施され、その審判が下されていますが、戦車部隊は砲兵の集中射撃と後方連絡線を脅かされたことで「壊滅」の判定を下されてしまいます。
 その結果としてフランスを屈伏させたドイツ機甲部隊の突破を機動力を持つ対戦車砲兵によって阻止できるという見通しが生まれ、戦車部隊を砲兵科が主導権を持つ機動対戦車砲で阻止、撃破する新しいドクトリンが急速に影響力を持ち始めて、ナショナルタンクデストロイヤートレーニングセンターといった組織まで設立されてしまいます。
 そんな事情で現れた対機動戦ドクトリンがM10、M18、M36といった戦車駆逐車を生み出すのです。戦車派に言わせれば「あれは戦車だ」となる戦車駆逐車はドイツ戦車とアメリカ陸軍の戦車派を撃破するために生まれた兵器なのです。

 こうした新潮流に押されて60個を要求していた戦車師団の編成は16個に縮小されてしまい、ノルマンディー上陸前までに実戦投入可能な戦車師団は5個のみとなってしまいます。アメリカ陸軍の戦車派はせめて8個師団を投入できていれば「コブラ作戦」の機動はライン川を突破して戦争を1944年内に終わらせていただろうと主張しますが、それが可能だったかどうかはともかく、正規の戦車より大きな大砲を積んだ戦車にあらざる戦車が存在した=機甲科の戦車よりも強力な「どう見ても戦車のようなもの」を砲兵科が生み出して保有していたことにはこんな事情があり、戦車一般に通じるような理屈ではとても説明できません。
 ヨーロッパ戦線でアメリカの戦車師団が「借り物」として用いた戦車駆逐車が本来は自走砲のはずなのに旋回砲塔を持ち、戦車と略同型の車台を採用しているのはその本質が「戦車」だからで、軽装甲だったりオープントップだったりするのは単なる技術的問題であって本質的要求仕様ではありません。たとえ砲兵の管轄であってもアメリカ陸軍戦車派の主張する通り、戦車駆逐車は紛うかたなき「あれは戦車じゃないか」なのです。

5月 11, 2008 · BUN · 6 Comments
Posted in: タンクデストロイヤーとは?, 陸戦

6 Responses

  1. ねこ800 - 5月 11, 2008

     非常に示唆に富むお話なのだと思いますが、残念ながらよくわかりませんでした

    ・゜・(PД`q。)・゜・

  2. BUN - 5月 12, 2008

    わかる必要もない無駄話ですから、どうぞ、わからないまま眠らせて置いてください。でも何年か後でひょっとしたら、いや万が一、アレってコレのことじゃないかな、と思う日も、まったく来ないとは限りません。その時にまたこの話題でお話しましょう。

  3. ささき - 5月 12, 2008

    ドイツの駆逐戦車やソ連の自走対戦車砲がなぜ通常の戦車と異なるデザインに至ったのか、これら専業の自走対戦車がなぜ二次大戦後あっという間に絶滅したのか、というあたりでしょうか?旋回砲塔を持たず前面装甲のみ極端に部厚いドイツ駆逐戦車を「待ち伏せ専用の兵器」と評することにどの程度の信憑性があるのか、とか…。

  4. zero21kei - 5月 12, 2008

    はじめまして。非常に興味深いコンテンツを拝読させいただきました。

    巷には戦史・兵器についての「物語」なら沢山あるのですが、このように良い意味で「アカデミック」なアプローチで書かれている物は非常に少なく、大変興味深く思います。

    内容的に大量に書けるものでは無いと思いますが、新しいコンテンツを日々、楽しみに待っております。

  5. BUN - 5月 12, 2008

    ささきさん

    それはまた難しいお話ですね。
    男の子は標本収集と分類が大好きですから。

    zero21keiさん

    はじめまして。
    出版社では嫌われる「です。ます。」調で書いているのは読んで貰うためなんですけれど、拙い文章力でとにかく硬くなり過ぎずに「硬い話」をどうやってするか、の練習をしているようなものです。
    今後ともどうか御贔屓に。

  6. zero21kei - 5月 22, 2008

    「硬い話」をどう伝えるかというのは、なかなか難しいですね。
    「硬い話を難しく話す」のは、それこそただの「学術論文」になってしまいますし、「砕けた口調で難しいだけの話」と言う文章も良く見かけますが、結局は意味が伝わらない事が多いですね。

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