職種別組合と熟練工

 前回、イギリスの航空機工業界での熟練工とは組合に保護された勤続年数の長い作業者のことだと書きましたが、熟練工と職種別組合とは密接な関係があります。

 ある工程についてその工程の作業を誰が行うかを工場の管理者は自分の判断だけで決めることができません。それが合理的であればどんな人々をその工程に就かせて良いという訳ではなく、その工程には職種別組合と合意した専門性によるグレードがあります。この工程は熟練工を充てなくても良いが、この工程は熟練工に任せなければならない、という取り決めがあり、そうしたグレードの工程は職種別組合から供給される熟練工を雇用することになります。

  このように熟練工とはある作業に長けた人々を形容する言葉ではなく、職種別組合に属してある作業を独占する特権を持つひとつの階級のことでした。作業に熟達しているから熟練工なのではなく、作業が巧かろうか下手だろうが、職種別組合に所属していなければ熟練工として扱われず、待遇面での特権もありません。我々が現代の工場で出会う専門性の高い作業者の姿とはちょっと違う世界があったのです。

  ある作業に対する熟達度の問題より、制度上で特権を持つひとつの階級として熟練工が存在していたのですから、実際の飛行機製造工場では問題が起きることもあります。

 たとえばブレニムの主翼に金属外皮を張る作業は板金工の組合から供給される熟練工に任されるべきものであると工場と組合が合意していれば、そこには熟練工以外の作業者をつけることができません。しかしブレニムは重点機種として大量生産しなければならず、工場としてはその作業を熟練工以外に任せなければ生産目標を達成できません。けれども板金工の組合はそれを拒否しますから深刻な対立が生まれます。

 対立が深刻化すると職種別組合によるストライキが発生し、別工程に関わる他の組合にも波及します。現実にフェアリーのストックポート工場ではこうしたストライキが組合主導で起きています。

 その結果、工場と組合との妥協案として熟練工1人につき1人の非熟練工をつけるといった形で折り合いがつけられる場合があります。工場としては熟練工をもう雇用したくないのですが、ある工程では確かに彼らの専門技能に依存していますから職種別組合との妥協による生産性の低下も、工場の完全な近代化が済むまでは我慢しなければならない問題でした。

 熟練工とは単に作業者の技能の問題である以上に制度上の問題でもあったといっても、現代の我々にはなかなか想像しにくいものがありますが、当時のイギリス政府にしてもそれをよく認識できていません。軍備拡張時代に政府主導で設置された訓練所は大増産体制に必要とされる作業者を送り出していましたが、それらの作業者は当初、まともな工程に就けない状態でした。彼らを採用すれば職種別組合との決定的対立が生まれるからです。けれども高性能の新型機を生産する現場に職種別組合から供給される熟練工を充てようとしても、その熟練工達にこそ再教育が必要という皮肉な事例も出現し、「熟練工は仕事に熟練していない」という現実に生産現場は混乱します。

 イギリスの航空機工業が工場新設に熱心だったのは国家の補助もさることながら、大量生産時代に生き残るためには従来の職種別組合に縛られない新しい体制を初めから作り上げる必要があったからで、職種別組合に属する熟練工と製造会社との対立は政府が乗り出して初めて解決する程度に大規模かつ深刻な問題だったのです。

 熟練工がいないから生産が上がらないのではなく、熟練工がいるために生産が上がらないという話はなかなか納得しにくいことですが、技能や工場内の細かな遣り繰りに長けた経験豊富な年長者といった熟練工イメージとはちょっと違う実態が存在したということです。

4月 3, 2008 · BUN · 4 Comments
Posted in: 航空機生産

4 Responses

  1. おがさわら - 4月 3, 2008

    あー、そうだったんだ熟練工。
    ほんじゃ、国歌斉唱で起立しない人たちと同人種なのね。

  2. bun - 4月 3, 2008

    いやぁ、心情的にはみんな王室大好きなナショナリストだと思いますよ。
    たぶん、もっと中世的なギルドっぽい世界じゃないかなぁ、と。

  3. おがさわら - 4月 3, 2008

    やや、熟練工が日教組先生みたいな立ち位置なのかなと。

  4. 早房一平 - 4月 3, 2008

    これはカースト制度と理解するべき問題かもしれないなと思いました。

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