ミッチェルの空軍論

 世界大戦後に流行した航空主兵論、空軍独立論の中でドーウェと並び称されて広く知られているのに実はまったく読まれないのがミッチェルです。軍事における飛行機の潜在的能力を強調して空軍独立を説き、飛行機で軍艦を爆撃してみせたらしい、というエピソードだけはよく知られていますが、その主張する内容について細かく触れた話を聞く機会はまずありません。そんなこと誰も知らないからです。

 ミッチェルの主張が深く読み込まれない理由はおそらく、その空軍論がアメリカにとっての空軍論である点に尽きると思います。もちろんドーウェも「それはイタリアにとっての空軍論だ」として批判されることもありますが、イタリアという国は欧州の一国ですからイタリアの立場に近い国は幾らでもあり、共感しやすく応用も利いたのです。

 アメリカへの侵攻は海か空を経由しなければ不可能である。
 ならば海と空を守ることがアメリカの国防の根幹となる。
 軍艦は飛行機の行動半径内では簡単に制圧されてしまう。
 そのため飛行機部隊は国防の中心となるべき重要な存在となる。
 だから空軍として独立しなければならない。
 陸海軍に予算をつけるくらいなら空軍に回すべきだ。

 非常に大雑把にまとめるとミッチェルの主張はこんな感じです。ミッチェルもドーウェと同じく戦略爆撃も説きますし航空撃滅戦も説くのですが、その主張はドーウェよりも戦術的な有効性の立証に重きを置いている雰囲気があり、ドーウェの描く近未来の空軍はそれこそ夢の空軍、空飛ぶ艦隊といった趣があるのに対して、ミッチェルの語り口に見られる空軍の姿とは主に軍艦に勝利する飛行機部隊のことで「戦艦と飛行機のどっちが強いか」を執拗に語るのがミッチェルの空軍論の特徴です。

 なぜこの部分で妙に具体的なのかといえば、それは上に書いた通り、アメリカへの侵攻は海(あるいは空)を経由しなければならないので、独立空軍のライバルはヨーロッパ諸国のように陸軍ではなく、海軍の主力艦部隊となるからです。アメリカの国防をどんな兵種が担うかを論ずる以上、「戦艦より飛行機が強い」と立証しなければミッチェルの理論は成り立たないのです。

 そんな訳でミッチェルの論文は読んであんまり面白くなく、飛行機の有用性についてもありきたりの話で、重要だ、重要だ、というものの「軍艦とどっちが強いか」という話に終始しているような印象を与えてしまいます。そして、とにかくミッチェルは海軍に勝たなければなりませんから、独立空軍と同じように航空兵力を運用する海軍の航空母艦についても目の仇にしています。ミッチェルは(言いがかりに近い)空母否定論者でもあります。

 それではミッチェルはアメリカの国防だけを考えていたのかと言えばそうでもありません。ミッチェルは1918年の世界大戦最終期に連合軍航空部隊の総司令官でもあり、ドイツ軍との最後の戦いで名を上げた人物です。もともと陸軍の通信部隊の将校として勤務していたミッチェルは親の七光りを利用しながら出世の早い通信科からのし上がった人物で、飛行機部隊が通信科の管轄だったことから航空部隊の指揮を任されます。

 そうして世界大戦の最後の一幕に活躍できた幸運な経歴なのですが、彼は1919年にドイツ国内の産業中枢に向けての戦略爆撃を実施したいと考えていました。アメリカの航空部隊に爆撃隊が加わるのが1918年秋ですから、これは彼にとっては待望の作戦です。けれども終戦によってその夢は消えてしまいます。彼の夢とは大規模な爆撃機部隊が独立した作戦を実施することで敵国を陸戦によらず崩壊させる姿を世界に見せることだったのです。

 こうして眺めると地上戦で1919年の大突破作戦を夢想したフラーと同じくミッチェルも1919年の夢を追い続けた人物と言えるかもしれません。かなわなかった夢こそ人を走らせるものです。しかもミッチェルは航空主兵論の盟友とも言うべきイギリス空軍の父、トレンチャードから「論敵を蹴落とすことで議論を解決するその悪い癖をやめろ」と忠告されるような随分と濃い性格だったようです。

 空陸一体の機動突破作戦などを盛り込んでいれば欧州諸国でも熟読されたのに、独立空軍構想にとって当面のライバルである海軍が憎いばっかりに戦艦無用論にウエイトを置き過ぎてしまい、挙句の果てに空母不要論まで言い出すのもきっと性格の問題なのでしょう。ミッチェルの論文はそんなことを考えながら読むと最後まで読めますよ。

ああ、ミッチェル、好きだ・・・。

3月 18, 2008 · BUN · 5 Comments
Posted in: 空軍論

5 Responses

  1. おがさわら - 3月 18, 2008

    おー、風と共に去りぬの作者が、戦艦なんてイラネー空母なんてイラネー、バーカバーカ、とか言っていたなんて初めて知ったぜ。やっぱり、おっさんの話はためになるなあ。

  2. bun - 3月 19, 2008

    ああ、惜しいなぁ、ちょっと違うなぁ。
    戦艦を爆撃したのはマーガレットじゃなくてね、
    ジョニですよ、ジョニ・ミッチェル。
    この人は多才な人でね、
    歌手の他に写真も撮ればゲージュツもやるんだけれど
    空軍も論じてたんですね。

  3. ささき - 3月 19, 2008

    私はてっきり「重爆ミッドナイト」や「空軍☆ブギ」などの著作で知られる楠ミッチェル先生だと思っておりました。

  4. おがさわら - 3月 19, 2008

    重爆ミッドナイト、最近読んでないなー
    結局、悪魔のZ爆撃機にRATOは載せたの?

  5. ささき - 3月 20, 2008

    楠ミッチェル先生の作品はおにゃの子が可愛くないから読ま…うわ何をするやめ(ry

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