色々書いてみる。
■武内崇のヘボイ絵
絵がヘボイというよりは、CG塗りがヘボイという表現が正しい。月姫読本の白黒絵は、それなりにこなれた絵で、さほどひどい印象は受けない。
また、奈須きのこのインタビューで「イベントCGに関しては一枚あたり二時間しか時間が取れなかった」というコメントあり。
■奈須きのこと武内崇
知り合ったのは中学一年。以来の親友同士(高校は別)という藤子不二雄状態。片や絵、片や小説で競い合い、またお互いを尊敬し合う関係。
どうやら、武内崇が月姫の製作を始動した一番の動機は「奈須きのこという才能を世に知らしめたい」というものであった気配が濃厚である。実に美しい動機であり、また大いに共感を感じる。
■ゲーム月姫を作ったのは武内崇
奈須きのこ=ゲームを作った人、武内崇=ヘボイ挿絵を描いただけの人、とのイメージは割と多いような気がする。
これは大間違いで、おそらく武内崇のプロデュース能力なしに月姫の完成はなかっただろう。また武内崇はシナリオにも多くの意見を出している。半月版にネロ・カオスの姿はなく、「前半を盛り上げるため敵を登場させてはどうか」と意見したのは武内崇。
おそらく、奈須きのこが好き勝手にゲームを作っていたら、それはとても遊べた代物ではなかっただろう。そもそも、奈須きのこの初期構想では、30日のロングスパンを予定していたというのだから問題外。武内崇の存在無くしては月姫がゲームとして成立することはなかったと思われる。
以上をふまえた上で、世間の評価が奈須きのこにばかり流れてばかりいると、面白くないのが普通だが、この武内崇という人は、親友が世間に評価されるのを素直に喜んでいるように見える。尊敬に足る人物だと思う。
■奈須きのこの前職
エロゲメーカーで、馬車馬のごとき使役されていたのこと。どこのメーカーかは不明だが、まったくいい面の皮だと思う。まさに金の卵を産むニワトリを逃がしてしまったのだから。
で、気になるのは「なにをやらされていたか」だが、おそらくはスペック書きのような雑用を主体にこきつかわれていたのだろう。これは想像だが、フロー書きはやらされていたのではないだろうか? その経験が月姫に生かされていると考えるとあのデキは納得できる。彼の月姫における仕事で際だっているのはシナリオというよりは「ゲームデザイン」だと思う。
■小説家としての奈須きのこ
空の境界がまだ未読なので、あまり断定は出来ないが、あまりたいしたことがないような印象を受ける。大体、たいしたことがあったら、富士見か角川あたりからとっくの間にデビューしているだろう。
文章書きとしては、京極夏彦と同じタイプ。つまり書きたいことは全部書いてしまうので、結果恐ろしく長くなる。
とりあえず、殺し合うの合わないのを続けてるうちは、小説家としては興味なし。
■萌ゲーとしての月姫
つまり、人物をしっかりと掘り下げて魅力的に描写すれば、そのキャラは「萌える」ことができる、という当たり前の結論。
近来のギャルゲはこの当たり前のことが出来ず、キャラ特有の口癖と連発するなどのこそくな手段に頼ってきた。情けないのはそれに乗り続けてきたユーザーである。
■シナリオ
まず、アルクェイドのトゥルーとグッドの差が素晴らしい。トゥルーは不老不死の吸血鬼と寿命のある人間との恋物語のしごく当たり前の終幕の形。そして、グッドは何も考えずに「ただいいだけ」の結末。主人公が年老いたときどうするのか? などはまったく考えていない。
フローチャートを見たとき、トゥルーより下位であるグッドが高い好感度を達成したときに出てくるようになっている妙。見事だと思う。
また、シエルルートで語られる、不老不死の吸血姫に恋いこがれた結果、輪廻転生を繰り返すロアの物語が提示されるが、これこそはアルクェイドグッドエンドの選択を語ったもの。これまた見事と言う他ない。
シエルルートは、毎日殺され続けるというシークエンスが悪趣味。奈須きのこは、この手の少女ブチ殺しを好む傾向があるが、これはちょっと勘弁して欲しい。まあ、若いんだからしようがないと思うが。
あと、自分が老いたというのもある。そりゃそうだ、もうキッチンの生首が飛ぶのを見てゲラゲラ笑ってる厨房じゃねえんだから。
以上のシナリオに関してはすべて奈須きのこの仕事だろう。
今日はここまで。
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