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あたまなでなでしてくれる?

 というわけで今ワラクシ小笠原は、三十にもなるのに「どこでもいっしょ」などというファンシーなゲームをやっています。

 ポケピの名前は猫だから「グラマン」
 なんつーかもう、ゆうめいじんの名前とか、のりものの名前ばっかり教えこんでます。ちなみに、一番最初に教えた言葉は「ひねりこみ」

 「きしゅう」しながら、「ひねりこみ」できるようになると人間になれるニャ。
 グラマンも、「きしゅう」しながら、「ひねりこみ」できるようになるニャ。

 やっぱり、むずかしいニャ。

 ぁぁ、おもしれえや。

 大昔やった遊びで、「いつ」「誰が」「どこで」「なにを」「どうした」というのを紙切れに書いて混ぜ合わせ、一枚ずつランダムでピックアップして、できあがったへんてこな文章を見て笑うというやつ。あれの感覚なんだと思います。
 加えて、当然ながら自分の知ってる言葉でしかしゃべらないわけですから、こんなの楽しいに決まっている。

 おがは人間だから学校行くんだよね?
 学校って、朝はみんなで「クライフターン」したり、
 昼は「てまきずし」食べたりするんでしょ?

 しねえよ。

 ぁぁ、でも当分楽しめそうだ、これは。

ドリシアの新譜

 DREAM THEATER / Metropolis PT.2:Scenses from a memory

 久保さんから聞いた話では、なんでも彼らの最高傑作っていうか金字塔らしいんで、買ってみました。

 まあ、こんなものかなと。
 プログレッシブ・メタルというワケの分からん中途半端な名称でカテゴライズされる彼らの音楽。結局ヘビメタじゃんってゆーか、自分にはそうにしか聞こえません。
 彼らの二枚目はそれなりに好きでしたが、それはヘビメタとしててであって、それ以外の何者でもない。

 自分は新発のプロッグバンドの音に接するとき、そこに厳密な意味でのプログレッシブのなんちゃらかんちゃらは求めません。そんなもん定義できるほど、詳しくはありませんから。要は、70年代前半に英国、イタリア、フランス等の欧州ロックシーンを席巻したプロッグムーヴメントの「ぽさ」を押さえていてくれればそれでオッケイ。そういう意味では、イタリアのカリオペなんて大好き。
 で、ドリシアにはその「ぽさ」というのが非常に薄味なんですね。で、プログレよりメタルの方に聴こえる。

 思えば今まで自分が聴いた北米プロッグって、「ぽい」のがあんましないんですね。ないとは思いませんよ。マイナーなトコではいろいろあるんでしょう。でも、自分みたいな薄口リスナーの目に入ってくるレベルでの露出度を持ったバンドでは、ほぼ皆無っつーか。あえていうなら、YESの完コピバンド、スターキャッスルくらいですか(笑)

 で、アルバムを聴いた印象としては、「ぁぁ、飽きずに聞けるヘビメタですね。はぁ、金字塔なんですか。ヘビメタではそうなのかもしれないですね。自分はよく分かりませんが」というカンジです。

 気になるのが日本語ライナー。
 伊藤”「ダリル・ウェイズ・ウルフ」を聴くと昔つきあってた女を思い出す”セーソクが、やたらと鼻息荒くかき立ててますが、自分どーも首をひねってしまいます。
 「ゴスペル・コーラスを導入したからいいぞ」って、あんたそりゃ相当ダメな批評じゃないですか? フルオーケストラをバックに演奏すりゃシンフォとかいうのと一緒でしょ?

 彼らが憧れた偉大なるバンド達と完全に肩を並べた歴史的名盤である。完璧と言っておく!

 まあ、言うのは勝手。でも、自分は90年代以降に出てきたプロッグバンドで、これよかいいの、いくつも知ってますよ。もっとも、その中でも肩を並べたのなんてのは、せいぜいデビルドールくらいしか思いつきませんが。
 やはりこの人には、NWOBHM以前のロックシーンについてはあんまし語ってほしくないなあ。特にプロッグムーヴメントについては。

 さて、総括。
 自分はこのアルバム好きですよ。キャッチーなメロもあるし。聴いてて気持ちいいし。
 でも、これより気持ちいいアルバムもたくさん持っているので、たぶんそっち聴きます。
 もっとも、まだ一回しか聴いていないので、後で評価が一変する可能性もありますが。や、たぶん無いな。Awakenもソッコーで投げちゃったもんな>自分

アルバニア人に話しかけられたよ

 過日、知らないガイジンからICQのメッセージが飛んできた。
 この前は、バンコクだった。今回はどこだ?

 あるばにあ。

 メンドーなので、決まり文句を送信。

Sorry,I’m japanese. I can’t speak English.

 それでもなお、あきらめず話しかけてくるアルバニア人。ぁぁ、めんどくさい。ふと見ると、知り合いの凶大生が、あがってきているじゃないの。ここは一つ、英語に堪能な彼に助力を請うとするか。

「ヘーイ、オレはセルビア人。アルバニア人は全員浄化だよ」って英語でなんていうの?

 (;;´Д`)な顔をされる。

 しかたなく、かたことで会話を続けていると、「英語ダメ? ほんじゃ、アルバニア語かイタリア語は?」
 ムチャいうなや。

 まあ、それでもイタリア語は挨拶程度は知ってるので、調子に乗って「Si(はい)」とか「Scusi(スマンす)」とか、イタリア単語で答えていたら。

 イタリア語で、メッセージとばしてきやがった(泣)

Wait for long.

 滅多に使わない小学館伊和中辞典(6600円税込み)出動! えーとえーと‥‥
 で、「なんか、イタリア語の方がイイカンジみたいね? 昔、イタリアに住んでたことあった?」という意味だと分かったのが十分後。すかさず、返事したが‥‥‥‥

 返事無かったよ。
 ちぇ、Arrivederci(さいなら)くらい言わせろよな。

マスターのおたんちーん

 つーわけで、ここ数日マリオネットカンパニーをやってました。
 このゲーム、一見女の子ロボットを育成する育てゲーと見せかけておいて、実は女の形をしたミニ四駆を作るゲームだったりします。まあ、要はギャルゲーなんですけどね。
 それにしても、ギャルゲーなんてエースコンバット3以来ですよ。にもかかわらず、ギャルゲーをやってる気分にならないのは、主人公「牟田口 廉也」ロボット「九七式改」という命名に問題があるのでありましょうか?

 で、わりとよくできたゲームでした。ココ最近の国産パソゲーの中では久々のヒットといえましょう(発売は半年前だけど) 結構、インターフェイスなんかもしっかり作ってるのは好感もてますね。それでも、コンシューマーゲームでは水準レベルですが。
 まあ早い話が、パソゲーのインターフェイスが、いかにダメかってことなんですよね。パソゲーだと多少操作に不自由があっても許せてします。
 もっともこれは、コマンド入力式のアドベンチャーゲームを遊んでいた頃の記憶が、そうさせているのかもしれません。昔のゲームの操作の不自由さったら、すさまじかったもんねえ。

The Ladder / YES

 買ってきました、いちおマイ・フェイバリット・バンド様であるYESの新譜であります。
 で、聴いてみてから改めて思ったのは、
アンダーソンが唄い、スクエアがバキバキベースを鳴らしながらバックコーラス(これ重要)をあてて、ハウがボトルネックを使えば、自分にはそれがYESに聴こえてしまうんですな。なんだか。
 そそ、ドラマー、キーボーダーは誰でもいい。ヴォーカルもアンダーソン似の声ならトレヴァー・ホーンでもいい(笑) とかく、スクワイアとハウだけはいないことには、「こわれもの」編成に代表される、世間一般で言うYESにならない。ハウがいないと90125だし(まあ、これはこれでよし)、スクワイアがいないのは大論外。

 さて、今回の新譜は古参はアンダーソン、ハウ、スクワイアのみで(ホワイトはあえて数に入れない)、新規参入メンバーにはラビンみたいなエゴの強い連中のいないという編成。イゴール・コルシェフ(ロシアからやってきたスゴイ奴。YESのナンバーは全部演れるらしい)も、ビリー・シャーウッドも、「ティーンの頃のアイドルだったYESにいられるってだけで光栄至極」ってカンジのプレイヤーなんで、結果ハウとスクワイアが好きにやってるかなという。割とDRAMAに近い雰囲気。
 しかし、去年見たコンサートでも思ったけど、ビリー・シャーウッドって人間出来てるよなあ。ダメだよ、アーティストがこんなに人がよくちゃ。

 結局、アーティストなんてのは、物書きしては四十歳で入水自殺し、玉を蹴ってはコカで捕まり、ギターを弾いてはハウくらいのわがままさというのが、ちょうどいいのかもしれないとか思ったり。
 つまり、創造力って自身のなんかしらの欠陥を補う目的で肥大化する能力ですからね。人格が破綻していればしているほど、発揮する想像力は強力になるのがスジというものでしょう。だって、まったく自己の能力に不足が無く、何不自由なく円満な人生を送るような人間には想像も創造も必要ないもの。

 まあ、そういう意味で歴代YESのメンバーってのは、当世一大のアーティストが名を連ねていたと言えますな。だから、脱退再加入解散再結成を何度となく繰り返しているのだけれども(笑)

 あ、そうそう、アルバムのインプレッションなんですれども。
 初回プレスのおまけで付いてきた、懐メロライヴ音源のシングルCDの方をよく聴いてますわ(笑) 「I’ve seen all good people」と「And you and I」を収録したやつ。

伊藤へろ君の十五ヶ月計画

 用あって、伊藤へろに電話。話しているウチに、向こう十五ヶ月はずっと忙しいとかぬかしはじめたので事情を聞く。

「なんでまた?」
『いやね、来るべき二十一世紀をきれいな体で迎えたいなと思ったわけですよ』
「きれいな体って、なんじゃいな?」
『まず、借金を片づけて。それから完膚無きまでに散らかりきった自室の整理整頓を』
「で、それを二十一世紀までに達成しようと?」
『そそ。名付けて「十五ヶ月計画」』

 ほう。
 なんというか、その名前からして共産国家の経済計画臭がプンプンすること、この上ない計画だ。
 よろしい。ではねちねちと揚げ足を取りつつ口撃して、その夢のような将来構想を粉々に吹き飛ばしてやろうではないか。

「ほんで、順調なの?」
『うん、それが最近とうとうドール趣味に足つっこんじゃって』

 ばかもーん!
 人がツッコミを入れようかと思った矢先、いきなり自分から最大級の墓穴を掘るんじゃなーい! 少しは「じらし」というものを入れろ、「じらし」というものを。
 まったく、キスなし、前戯なし、後始末なしの「三なし野郎」とは、おまえのことだっっ!

「ドールっつーと手製のアニメのおねーちゃん?」
『や、ジェニーなんだけど。これがスキンに間接の継ぎ目がないスグレ物で』
「はぁ、そうすか」

 まあ、なんつーかツッコむまでもなく自滅決定だな、こりゃ。

 ほんで、へろとはこの後、「や号作戦」についての相談をして、電話終了
 「や号作戦」とは?
 それはヒミツです。