Archive for 7月, 2009

「P-38」最初の空戦

 今回は陸軍機絡みの戦史の話でも。

 アリューシャン方面に最初に出来た米側の飛行場は、ウムナク島のフォート・グレンに「秘密飛行場」として作られた陸軍飛行場であります(同飛行場はウラナスカ島のダッチ・ハーバーから西に約60浬の位置にあり、爆撃機の運用も考慮した全長1,500m、幅30mと実に立派な滑走路を持つ有用な航空基地でありました。…但し日本側はアリューシャン作戦開始前の時点で、同飛行場には全く気付いておりませんでしたorz。

 さてフォート・グレンの飛行場は一九四二年四月に完成、日本側のAL作戦実施に対応する形で五月二二日より同方面に展開する第11航空軍所属の陸軍機の展開が開始されます(同飛行場での作戦行動を開始した六月一日時点で、同基地への展開機数はP-40Eが17機、雷撃機として展開したB-26が6機)。この時期同方面にはP-39/P-40装備の第11と第18戦闘機隊が展開していましたが、日本軍の侵攻間近と考えられたため、米陸軍は航空兵力の増備を決定、その中には最新鋭の「P-38E」を装備した第54戦闘機隊も含まれておりました。

P38E

 同戦闘機隊は六月一日に米本土からアラスカのエルメンドルフ基地に展開、ウムナクへの進出準備に入りましたが、その二日後にフォート・グレンの飛行隊は日本の第二機動部隊によるダッチハーバー空襲により戦闘状態に入るという緊急事態を迎えます。同方面への大規模侵攻作戦実施も有り得ることから、同飛行場への増援兵力投入は緊急を要するとされたため、第五四戦闘機隊も六月五日より同基地への展開を開始します。

 しかしその前日の六月四日に同方面での日本側の航空攻撃は終結してしまい、この増援は見事空振りとなるのでした。六月中旬には米第11航空軍は攻勢に転じ、同航空軍の第二八混成爆撃航空群に所属する爆撃機はアッツ・キスカへの継続した爆撃作戦の実施に入ります。その一方でこの両島に一番近いフォート・グレンの飛行場はキスカより536浬ばかり離れておりましたので、この時期の攻勢作戦に戦闘機隊は参加できず、ダッチハーバーとフォート・グレンの防空任務に投ぜられますが、タマに東港空の九七大艇が来る以外日本機の来襲は無かったので、各戦闘機隊は同基地で無聊をかこつ日々を送る羽目になります。

 そんなこともあり、同基地に展開した「P-38E」が実際に空戦を経験するのは同基地に展開後約2ヶ月を経た八月四日のことになります。この日キスカを出撃してアトカ島爆撃に向かった九七大艇二機を、第54戦闘機隊の「P-38E」二機が同島上空でこれを迎撃、約30分の空戦の後に二機とも撃墜したことを報じました。

 

MAVIS

 

 米軍の公式記録ではこれが全戦域における「P-38」の最初の交戦記録であり、また本機が上げた最初の撃墜戦果とされています。もっとも日本側の記録によれば、東港空の九七大艇が「P-38」と交戦したのは確かですが、一機が被弾しただけだったとされています。故にこれは「P-38最初の撃墜記録」とするには、ややというかかなり問題があるのも確かです(とはいえ本機を扱う洋書では、必ずこれを「本機最初の撃墜記録」とされる様に、海外ではほぼ通説になっております…)。しかしこれが「P-38」最初の交戦記録であることは事実で、欧州方面での活躍が目立つ本機の最初の交戦が対日戦であったという事実は、航空戦史好きの方なら覚えておいても良い事項かも知れません。

「米陸軍戦闘機」発売

Museum of Flight(Boeing Field)で撮影したP-47D(レザーバック型)

 昨年夏に超強行軍日程で実施した米本土遠征の成果とも言うべき本の三冊目である「米陸軍戦闘機」の見本誌が届く。この本は扱う機数が多いだけに、原稿の文字数がある一定数で制限される雑誌では辛い面もあったのだけど(実際に各項の字数も減らしたし、載せるつもりで作った発動機性能表とか、一杯集めた機体マニュアル記載の美味しそうな構造図とか配置図面とかは、スペースの都合で殆ど載せられなかったのですorz)、出来上がった本を改めて見ると、まあ悪くはない出来かなとも思います。
 一応本書で掲載できなかった図面とか性能表の一部は、本文の正誤共々ここで出していこうと思っていますので、余り期待せずにお待ち下さい。

Museum of Flight(Boeing Field)で撮影したP-40E

 取り敢えず大戦時の米陸軍機好きであれば、藤森先生の写真を見るだけでも楽しめる本であると思いますので、本屋で立ち読みの上で御購入を検討していただければ幸いです。

米陸軍戦闘機―連合軍の勝利に大きく寄与した「最優秀戦闘機」誕生への道程 (歴史群像 太平洋戦史シリーズ Vol. 68)

航空機用レーダーの話

 航空情報の2009年8月号でF-2改に関する記事を書いた訳ですが、某有名軍事ブログや読者様のメール等で「あんたAPG-73の最大探知距離とルックダウン時のJ/APG-1の探知距離比べてどうするねん」と突っ込まれておりますれば、それに対する雑文を書いておく次第。

この件に付き、某ブログでは各種資料を当たった上で、

○AN/APG-66/68とAN/APG-73の最大探知距離は同じ80nmとされる。
○AN/APG-66の探知距離はルックダウン時で20-30nm、
 ルックアップで25-40nm。
 AN/APG-68はそれぞれ27.5nm/35nmでAPG-66と大差はない。
 これを考慮すると、最大探知距離が同等のAN/APG-73の場合、
 ルックダウン時の探知距離は、APG-66/68と同等でJ/APG-1
 (ルックダウン時35nm)を下回ると思われる。
 最大探知可能距離もJ/APG-1の方が上回る可能性がある。

としています。

 一方私が今回の記事を書くにあたり、APG-65/73系列の性能を調べるのに使用した資料は、

「The Naval Institute Guide to World Naval Weapons Systems(以下WNWS:NIP発行)」

の1997-1998版及びFifth Edition(2006発行)の二冊と、昔米海軍関係の知り合いから貰った機密に引っかからない程度のメーカー・海軍関係資料です(以下○○○○としておきます)。

 これらの資料によると、APG-65/73のレンジスケールは最大160nmとなっており、空対空モードの最大探知可能距離も160nmとされています(Range-While-Scanモードの場合/WNWS1997-1998版ではP207に記載:恐らくこれは対大型機に対する最大探知距離でしょう)。一方某ブログで上げられたAPG-66のルックアップ・ルックダウン時の探知能力値は、WNWSの1997-1998版ではAir-to-Airモードの数値として記載されています。
 一方某ブログで比較例に出されたAN/APG-66の最大探知距離は、通例同所の記載通り80nmとされますが、これはAN/APG-65/73の「最大探知可能距離160nm」と同様の最大探知可能距離の数値で、戦闘機サイズの目標に対しての最大探知距離は約35nmとする資料があります(Globalsecurity.org等でもこの数値が記載されています)。 これから見てNWNSに記載された同レーダーのルックアップ・ルックダウン時の探知距離の数値は戦闘機サイズの目標に対する物と見て問題無いかと思います。またこれらの資料の内容からいくと、AN/APG-66とAN/APG-65/73とでは最大探知可能可能距離は公称で80nm対160nmと大きな差があり、戦闘機サイズの目標に対する最大探知距離も同様にAN/APG-66の約40nmに対し、AN/APG-65/73は80nmと約倍の差があると考えられます。

 さて上記のAN/APG-66の最大探知距離とルックアップ・ルックダウン時の数値を比較すると、同レーダーで戦闘機サイズの目標に対して索敵を実施した場合、最大探知可能距離に比してルックアップの場合で最大50%、ルックダウン時では最大37.5%程度の距離で探知できることになります。この数値が戦闘機用レーダーの最大探知距離と戦闘機程度の大きさの目標を探知可能な性能値の差異の平均と仮定して、APG-65/73系列の最大探知距離にこれらの値を掛けると、ルックアップ時の最大探知距離は対戦闘機時の最大探知距離として通常言われる80nm(おお!)になります。一方ルックダウン時の場合は最大60nm(AN/APG-66の下限側数値である25%としても40nm)となりますので、現時点ではAN/APG-73の方がJ/APG-1より同条件でのルックダウン時の探知距離が長い可能性は充分にある、と本職には思えます。

 因みに該当記事に記載したAN/APG-73の探知距離が80nmという数値は、NWNSにはルックダウン時の数値が載っていなかったので、○○○○な資料に載っていたルックダウン時の探知距離として記載されていた数値を使用しました。この数値は通例言われる戦闘機サイズの目標に対する最大探知距離と変わらない上に、NWNS記載のAN/APG-66やAN/APG-71等の探知能力等から換算すると、やや探知距離が長すぎる気はしますので、「ルックダウン時の最大探知可能距離」かも知れません。
 ただ記事の執筆時に最大160nmの探知能力があるなら、対戦闘機で達成不可能な数値では無いと思ったのと(最低でも上の推論程度の性能はあると思っていましたし、レーダーは似た様な電波特性・出力値のものでも、目的別の調整で各部の性能が変わるのは良くある話ですから)、資料の性能記載が戦闘機サイズの探知能力を中心に書かれている資料であったので、それを使用した次第です。
 しかしこの点については、AN/APG-65/73のルックダウン時の性能について、条件が揃っていない・内容が確認できない数値を使用した、と言われればその通りだと思います。その点については謝罪いたします。

 なお、某ブログで傍証に使われたAN/APG-66とAN/APG-68に関して、こちらの資料だと気になる点があったのでちょっと追記します。AN/APG-66の探知距離はWNWSの1997-1998版に某ブログでも示された数値が掲載される一方で、同書内ではAN/APG-68の性能詳細は出ていません。その一方で、AN/APG-66のレンジスケールが最大80nmなのに対し(APG-66の最大探知可能距離は80nmですから当然ですね)、AN/APG-68は探知可能距離の拡大が為された結果、レンジスケールが最大160nmまで拡大された、とされています。これからいくと、AN/APG-66とAN/APG-68の探知能力に相応の差異がある可能性が否定できないと思います。

 まあ色々とグダグダ書いてきましたが、該当記事はここらの点を考慮した上で書いたもので、単に誤記した訳ではないし、根拠が無いものを書いた訳でもない、とだけ申し上げる次第です。

 またこの内容に付き、より明確な内容が把握出来た・修正が必要な内容が出てきましたら、こちらの日記に追記する形でフォローしていきたいと思います。なお、この件に付き、この他にも何か質問等ありましたらコメント欄に記載するか、メールで御連絡頂ければ幸いです。当方出来る範囲で対応いたします。

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