幻の東部戦線 21 (「クルスク戦から学べ!」)

 スターリンの提示した武装中立提案は結果的に挫折しましたが、ドイツの再軍備案に微妙な影響を与えています。NATOの掲げる対ソ防衛計画とは異なる考え方を芽生えさせたという点で武装中立提案は再軍備を計画する元国防軍の高級将校達の胸に響いていたのです。

 

 ヒンメロート会議後にシュヴェーリンが失脚した後、アデナウアー政権はより本格的な国防省の前身となる機関を設けます。テオドール ブランク(Theodor Blank)を長に据えたブランク事務局の誕生です。シュパイデル、ホイジンガーといった元将軍達の代表者はこのブランク事務局の下で活動を開始しています。そしてヒンメロート会議の出席者が将軍だけでなく佐官クラスまで含まれていたようにブランク事務局の実務はより若い世代が担当していましたが、その中には戦時中、陸軍総司令部参謀として戦争計画立案に携わった有力な参謀将校としてボーニン大佐(Bogislaw von Bonin)が含まれていました。

 

 ボーニンが提唱したドイツ防衛計画は当時としては相当異色な発想に基づいています。彼はドイツ陸軍総司令部参謀として開戦を迎え、戦車軍団の参謀として前線を経験しながらも、他の多くのドイツ軍高級将校達とは異なり理想的な戦闘のモデルを東部戦線でドイツ軍が何度か成功したことのある機動反撃戦術に置いていなかったのです。ボーニンが防衛戦の理想と考えたのはドイツ軍の戦例ではなく、ソ連軍のもので、ドイツ軍最後の大規模攻勢だったクルスク戦でのソ連軍の頑強な防御戦闘でした。

 

 ボーニンにとって、再軍備計画の根幹となっている機動防御戦術は「戦車兵力に依存し過ぎる」もので、大規模な火力戦が予想されるソ連軍との実戦においては「不確実で脆い」と感じられるものでした。ボーニンにとっての東部戦線での対ソ戦とは、自分達の指揮するドイツの精鋭戦車部隊がソ連軍の火力戦に阻まれ、捉えられ、すり潰される戦いだったからで、同じ敵と戦う以上、前の戦争と同じ発想で戦えば勝利は望めないと確信していたのです。

 

 しかもボーニンは現在、自分達がブランク事務局で取り組んでいる防衛計画が、どうもドイツ国土の防衛よりもドイツの軍事力をいかにNATOに提供するかという問題に重点が置かれているように感じられる点にも不満を持っていました。これはブランク事務局の仕事に参画した元国防軍将校達が口には出さずに抱いていた本音でもあります。

 

 NATOの戦略に沿った防衛計画ではドイツ本土の大半は戦場と化して取り返しのつかないほどの破壊に見舞われる危険があり、戦車将校上がりの威勢の良い連中が自慢げに語る機動防御戦など、実際の東部戦線では成功例などわずかしか無い上に、そんな縦横無尽の乱戦をソ連やポーランド領内でやるならまだしも、ドイツ国民が暮らすドイツ国内でNATO軍と一緒になって大規模に実行されたなら国土も国民も堪ったものではない、という焦燥があったのです。

 

 そこでボーニンが機動戦計画への対案として提示したのが国境に沿った縦深防衛陣地の建設でした。防御縦深を約50kmにわたって設け、対戦車壕と障害で守られた防衛線に強力な対戦車兵器を装備した歩兵師団が大規模な砲兵支援と有力な戦術空軍が提供する火力によって侵攻軍を押し返すというものです。ソ連軍がクルスクで、イギリス軍がエルアラメインで戦った戦闘を模範にした対戦車火力戦がボーニン計画の根幹です。

 

 そして国境陣地での前方防御を実現できるだけの火力支援態勢を手に入れるために高価な装備と膨大な維持費を必要とする戦車師団はあえて設けず、敵の部分的突破に対して対応する少数の機械化師団を配置するに留め、もし、大規模な突破を許すような事態となればその時、初めてライン川に沿って配置されたNATO軍主力の支援を受ける構想でした。事実上、ドイツ本土の防衛が破綻するまで連合軍は手出しをするなという、この徹底した前方防御案が特徴でした。

 

 「手出しをするな」とは具体的に言えば、「ドイツ領内から西側の核兵器部隊を撤退させろ」という意味です。ボーニンは基本的に火力戦主義者でしたから核兵器が野戦において今までの砲兵軍団の代りに敵野戦軍を粉砕するために使われるもので、砲兵火力の貧弱なNATO軍は戦闘が始まれば早晩、核兵器を使わざるを得ない状況に追い込まれると予想していました。これもまた、ドイツ国内で原爆なり原子砲弾なりをポンポン炸裂させられてはお終いだという、誰もが言えなかった本音でした。

 

 もし万が一アメリカとソ連が核兵器を用いた全面戦争に突入したとき、地上戦の勝敗にかかわらずヨーロッパでソ連の核攻撃の対象となり得る最も危険な場所はどう考えても西側の戦術核兵器が配置された西ドイツ国内でした。けれどもボーニンは、ソ連の核攻撃を誘引する西側の核兵器が存在しなければソ連軍の占領予定地域であり利用価値のあるドイツの諸都市は生き残れる可能性があり、ヨーロッパ大陸の地上戦は通常戦に留まる可能性がある、と予測していたのです。

 

 そしてボーニン計画の下地にはもう一つ、西側の核兵器を締め出して、強力な戦車師団群をあえて廃した軍備を実現すればソ連はドイツの武装中立と再統一を許すのではないか、との期待がありました。このような考え方で、ボーニンの徹底した前方防御案とソ連の武装中立、再統一提案は深く結びついています。ドイツ再軍備計画の中心にあったブランク事務局の有力メンバーがこうした発想に至ったことはソ連の武装中立、再統一提案がそれだけ、西ドイツを揺さぶっていたという証拠でもあります。

 

 しかし、案の定、NATO軍の中枢からボーニンは袋叩きにされます。前方防御には12個師団どころか、25個師団以上を必要とする上に50kmもの縦深防衛線を築くことは現実的ではない。ボーニンの計画はまるでマジノ線の再来で、1940年にドイツ軍がアルデンヌ地方を突破したようにその間隙を衝かれたら極めて脆いものである。そしていかに重装備とはいえ、そのような部隊は戦車師団に比べて機動性も劣り、戦場で生き残ることができない、と言われ放題に批判されます。

 

 そんな批判を受けてもボーニンはかつてアルデンヌの森を突破して機動戦でフランスを崩壊させた陸軍の総司令部参謀ですから、アルデンヌ突破は人が言うほど簡単ではなく、しかも相当危ない橋を渡っていたことを知っています。防衛線に間隙があるならそこに敵主力を誘引できるということではないか、といった位に受け止めて動じません。

 

 そうはいってもボーニン計画は当時としてはあまりにも微妙に政治的な問題を含んでいました。NATO軍の防衛戦略にあからさまに衝突するその提案は結局のところ現実には何の影響も残さず排除されてしまいます。1955年、ソ連が再度中立、再統一案を提示してきたその最中にボーニンは解任されてブランク事務局を去っています。

 ただ、ここでボーニンがあえて極端なかたちで表に出したドイツの本音である前方防御、くわえて核兵器に頼らない通常戦という概念はドイツ連邦軍の将校達の間に少しずつ根を広げて行きます。

12月 14, 2011 · BUN · 18 Comments
Posted in: 西ドイツ再軍備, NATO, 冷戦, 幻の東部戦線, 核戦争

18 Responses

  1. みぎー - 12月 14, 2011

    クスルスク戦という表題になってます
    これで正しいのでしょうか

  2. 朝比奈竜兵 - 12月 14, 2011

    限定された地域や戦場であれば、縦深防御陣地という戦術は有効かもしれませんが、広大な国土や国境を守る戦略となると、それこそマジノ線の再来と言われても仕方ありませんね。
    それ以前の問題として、戦車を中心とした機動防御戦をドクトリンとして信奉している将校たちに、戦車を降りて地ベタで戦えと言っているようなものなので、素直に聞くわけもないですしね。
    ヒトラーの度重なる作戦干渉さえなければ、もう少しまともに戦えたと思っている彼らには、たとえ、核や航空攻撃などにより、戦車の価値が以前ほど高くはないと薄々分かっていても、無理な相談なのでしょうか?

  3. BUN - 12月 15, 2011

    みぎーさん

    まったく、どうかしてますねぇ。
    すみません。

    朝比奈竜兵さん

    ボーニン大佐は戦車部隊の参謀として1944年末の東部戦線で指揮下の部隊を死守命令に逆らって脱出後退させた罪で逮捕されダッハウ収容所に送られた経験を持っているんです。だからこそアデアウアー政権の再軍備に参画出来たんですが、シュヴェーリンと同じく、当時の国防軍中枢をかなり醒めた目で眺めているのは確かだと思います。
    とはいうものの、優勢なソ連軍に勝つ方法など、実は誰にも見当がつかない、というのが本当のところではないかと思います。

  4. 戦略目的と編成ファン スキピオ・クマさん - 12月 16, 2011

    待っていました。1955年になって、ようやく元将軍たちの就職活動&アジテーゼの時期から、具体的な健軍作業を始める時期に進んだ訳ですね。
    原爆がピカピカ核分裂を起こした後の地域には、危なくて入って行けないということは、戦術核という兵器は「脅しの効果」を除くと、敵の増援や補給を阻止する防御兵器なんですか。ようやく主用途が理解できました。
    マジノ線の再来とかバカにされても、機動予備戦力と空の傘があれば「母なる大地」が一番頼りになるような気がしますけどねェ。戦車や大砲では地球に勝てん! とは言っても、ザルツブルグからバルト海まで直線距離で700kmですか・・・25個師団必要ですか。
    当然のことながら、納税者=有権者である西ドイツ国民は(経済界も)前方防御を期待するでしょうね。アデナウアーさんは中々出来た人とお見受けしましたので、現実的な解に近づくことが出来るでしょうね。
    この先の展開を楽しみにしています。

  5. BUN - 12月 17, 2011

    戦略目的と編成ファンさん

    核兵器は野砲の大群の代用として使う攻撃兵器だと説明しているつもりでしたが、伝わらないようなので反省しております。
    この時代、放射能を避けるという理由で炸裂した地帯を迂回する軍隊はまず無いことでしょう。

  6. 名無し - 12月 17, 2011

    戦術空軍の援護を受けたソ連の作戦機動部隊を
    ドイツ単独で食い止めるってどう考えても無理っぽくないですか
    長い戦線と深い縦深をカバーするには25個師団でも到底足らないですし
    仮にやっとの思いで第1梯隊を弾き返すのに成功したとしても、その時点ですでにボロボロになってるんじゃ・・・
    そしてすぐに第2・第3梯隊がやって来るのですからもう結果は分かりきってますよ
    (これは1950年当時じゃどんな手を使っても同じことかも知れませんが)

    どのみちNATO援軍(海を越えてやってくる米軍含む)に頼らず防衛しきるのは不可能でしょう
    やはり史実どうりに
    西ドイツ軍は自身の役割に「援軍がやってくるまでの時間稼ぎ」というのがあるのも考えるべき、じゃないですかね?

  7. BUN - 12月 19, 2011

    名無しさん

    御意見ありがとうございます。
    名前があるともっと嬉しいんですが、それはさておき。

    ボーニン計画にせよ、シュヴェーリンの計画にせよ、ドイツの再軍備計画にはそれを前提に主権を回復したり、統一への道を探ったり、それぞれに国の行く末を模索しながら立案されたものです。

    ただ将来あるかもしれない戦争に勝てば良いなら、西欧同盟の言う通りにやればいいだけの話ですが、そうはいっても国土は荒廃させたくないし、まして原子爆弾の炸裂も勘弁して欲しい訳です。

    ですからもっとも喧嘩っ早い傾向にあるドイツの元将軍たちにしても、一番に考えていたのは単純に戦争に勝つことじゃくて、都合の悪い時期に戦争を起こさないことなんですね。

    「最終的に突破されるから負け」ではなくて、ソ連に対して侵攻するならそれなりに高い通行料を徴収するぞ、という姿勢を相手に示して納得させることができればそれは十分に抑止力となります。
    西ドイツの突破に「手間取る」ソ連軍は西欧侵攻に失敗する可能性が高いのですから。
    かなり無骨なドイツの将軍たちの思考でさえ、それくらいの複雑さを持っています。

  8. - 12月 19, 2011

    カノーネンヤークトパンツァーのような駆逐戦車を700両近くも生産し運用し続けたのは対戦車火器による防御戦を意識していたからでしょうか。
    レオⅠに注力したいが経済が許さない、が本音かもしれませんが。

  9. 戦略目的と編成ファン スキピオ・クマさん - 12月 19, 2011

    >この時代、放射能を避けるという理由で炸裂した地帯を迂回する軍隊はまず無いことでしょう。
    1955年になっても、残存放射線に対する認識がその程度だったとは驚きです。そうであるならば、一旦核兵器の使用を始めたら、その後は歯止めがかからず、そこら中でピカッ・ピカッという信じ難い光景も有り得る話ですね。認識を新しくしました。
    ここからはお遊び。
    マジノ線の再来について、もう少し考察してみました。
    距離について・・・ベルゴロド-オリョール間が直線で270kmですね。700kmというのは荒唐無稽な数字ではないのでは?
    陣地について・・・例えば、機関銃座の正面を20cm・天井を10cmの鋼板(250kg爆弾が貫通しない)で覆うとして、(戦車と違って重量軽減の必要が無いから安い材料を使って厚みで勝負)クロムモリブデン鋼の代わりに安価な普通の炭素鋼(1トン10万円くらい?)を使えば良いですね。1つの陣地が鋼材10トン必要として、鋼材1000万トンで100万個作れますね。幅1km当り1000個ですね。20個/1kmとすると50重の陣地帯ですね。そんなのが延々50km続けば、かなり高い通行料になるような気がします。
    装備について・・・地面に這いつくばって敵を迎え撃つ訳だから、弾薬運びをしなくて済みますね。歩兵は全員機関銃手(OR装填助手)とすれば良いから、火力は強いでしょう。
    靭性・・・地下トンネルを掘っておけば、ボロボロになったら後方に下がって、予備の陣地と兵器で再度戦えるし。
    重くても安価な大砲や機関銃を沢山揃えて、足止めの戦闘をした後、重い物は捨ててしまい、後方に下がっては新品で再度足止めをする。・・・なんか、精鋭ドイツ軍のイメージとは違うなあ。
    攻撃側は何度も重砲の前進配置を行わなければならないので、案外突破する方も辟易するのでは?

  10. 名無し - 12月 20, 2011

    戦略目的と編成ファンさん、面白い話ですね
    これに似た方法は
    第二次・第三次中東戦争でエジプト軍が行なっています
    シナイ半島に無数に点在する岩山をくりぬいて強靭な陣地群を作り
    多数の対戦車火器や機関銃や狙撃兵を配置していました
    で、やってみた結果は史実どうりでした
    イスラエル軍は「止まらない」のでした

    こういう陣地は、空軍の強力な支援攻撃に対してはマトでしかなかったからであると同時に
    空挺・ヘリボーンに背後の補給経路を取られると簡単に孤立してしまったからです
    とにかく、防衛するなら敵空軍からなんとか身を守らなくてはなりません

    イスラエル空軍の支援を受けたイスラエルの機械化部隊を
    史実のエジプト軍が「止める(手こずらせる)」のが可能になるのは
    対戦車ミサイルによる待ち伏せ戦術とSAM等による複合防空網が実用化する
    第四次中東戦争(1973年、1955年からおよそ20年後ですね)まで待たなければなりません

  11. 名無し - 12月 20, 2011

    BUNさん
    おっしゃる通り、将軍たちは「戦わないための抑止力を作ることにあり」を考えており
    「戦いに勝つための方法」を考えるのとは少し意味は違うのかも知れません
    (それでも「もし戦ったら、勝つにはどうしたらいいのか」を考えてしまうのは、軍オタの悲しいサガのせいでしょうか)
    連投すみません

  12. BUN - 12月 21, 2011

    杜さん

    それは面白い話なので後でオマケとしてやりたいと思っています。
    鋭い、です。

    戦略目的と編成ファンさん

    ううむ、、野戦築城というより空母みたいな陣地ですね。

    名無しさん

    余計なことを申し上げました。
    そう、まったく悲しい性なんですよね。。

  13. 戦略目的と編成ファン スキピオ・クマさん - 12月 21, 2011

     縦深防御帯案は実績のあるボーニン大佐の提案ですから、それなりの優位性があると考えて、私は賛成投票をしているのですが、皆様の人気が得られないですねェ。 名無しさんのご意見を基にボーニン大佐の考えを一部推測してみました。どれか当っているような気がします。 ご意見ありがとうございます。
    ボーニン大佐の思考の推測①
    攻勢が成功するかどうかは、ソビエト戦術空軍の働きにかかっている。それならば、どうやって疲弊させるか?が問題となる。
    新生ドイツ軍は防御陣地帯というマト(標的)を差し出す。→ソビエト戦術空軍が襲い掛かる。→NATO空軍は陣地帯の上空直援などはせず、自由に敵機を狙う。→ソビエト戦術空軍がすり減っていく。 こんな構図かな?
    思考の推測②
    戦術空軍にとってどんなマト(標的)が美味しくて、どんなマトが一番不味いのかという基準です。
    美味しい順番から、補給基地>集結した機動予備部隊>移動中の機甲部隊・補給縦列>砲兵陣地>小規模の車両縦列>動いているマト>地形に隠れた小規模機甲部隊>一番不味いのは:良く地形に溶け込んだ2人用装甲屋根付き陣地>そして、やってられねェマトは:外観装甲屋根付き陣地で中身は兵士のトイレ・台所・個室(頑丈なダミー)という順番でしょうか。実際、空から見て植栽と偽装網で保護された陣地帯の中で「マズルブレーキ付きのストーブ煙突」と本物の大砲と区別できるのでしょうか。
    新生ドイツ軍は戦術空軍の美味しいマトになってはならない。どうせ食べられるなら、不味いマトをいっぱい用意して、食べ過ぎで体力をすり減らしてもらう。 こんな構図かも
    思考の推測③
    現実の所、1944年以降にイタリアやフランスで粘って戦えた時は、地面に潜った時だけだったのでは?(アルデンヌは森の中)開けた地形では、地上軍は空軍に勝てないと 達観の構図
    思考の推測④
    機甲部隊を打ち破るのに機甲部隊を用いるのは、正直すぎてつまらない。機甲部隊の天敵が活躍する場面をどうやって演出するか。
    敵の機甲部隊を止める・行動を制限する・・・歩兵・陣地帯の役割
    敵の機甲部隊が陣地帯を突破した後、縦隊が狭い回廊を通過する時→一番美味しいマトを攻撃・・・NATO空軍の役割。 主役が活躍するために脇役の為すべき役割分担の構図
    思考の推測⑤
    敵の機甲部隊が狭い回廊を通過する時に原爆を使っても、地面に潜っていればドイツ軍の被害は軽微である。
    原爆対策の構図
    どれも陸軍から見れば、醒めた目で見た構図ですね。・・・さて、実際のところは?

    追記
    縦深陣地防御戦に特化すれば、今までの常識から離れた編成・装備が考えられるので、正直、それを見てみたい気持ちも有ります。
    野戦築城ではなく、プレハブ住宅のように 現地で基礎工事→工場で装甲材ユニット大量生産→現地で最終組み立て→大砲ユニットの搬入→型枠に生コン車でコンクリートを流して完成。こんなイメージをしております。
    なんせ、性能程々で丈夫で長持ち、安価な兵器を大量に作ることが技術力の集大成と信じているもんで。

  14. 名無し - 12月 22, 2011

    別にボーニン大佐は別に装甲部隊を使わないとは言っていませんよ
    「敵の部分的突破に対して対応する少数の機械化師団を配置する」というらしいですし
    火消しや機動予備として使うつもりだったんじゃないですかね
    クルクス戦のソ連軍も、後ろに回り込んだドイツ装甲軍団に対して機械化予備部隊をぶつけていますし

    ついでに参考程度に
    西ドイツの五年ごとの防衛費の移り変わりをあげてみます
    1955年は17億ドル
    1960年は29億ドル
    1965年は50億ドル
    1970年は61億ドル
    (ちなみにソ連はこれの十倍ほど突っ込んでいます
    ソ連の軍事予算は
    1950年は15億5千万ドル
    1960年は36億9千万ドル
    十年で倍以上になり、増えた分の多くは空軍につぎ込まれました
    そして陸軍も、スターリンの死後にジューコフ達が赤軍にメスを入れ大体的な改編を行ったため
    赤軍は「コンパクトで速く」なりました
    ちなみに1970年に軍事予算は72億ドルまで増えてます、十年ごとに倍ですね)

    これを見るとわかるのは、1950年代のドイツはまだ十分な防衛予算を割く余裕がなく(実際当時の西ドイツ軍の装備は米軍から供与された物が多かった)
    ドイツ軍がより多くの予算を割り当てられるようになるのは1965年~1970年の間くらいから、ということですかね
    理由は考えるまでもなく、1955年の時点では戦後復興と経済安定に取り掛からねばならないためで
    当時のドイツは大量の軍隊を養うのは不可能な状況にあったので、25個師団はきわめて困難でしょう

  15. 名無し - 12月 22, 2011

    すいませんソ連軍の予算を間違えました
    1950年は155億ドル
    1960年は369億ドル
    1970年は720億ドル
    でした

  16. 戦略目的と編成ファン スキピオ・クマさん - 12月 23, 2011

     名無しさん、いろいろなデータ有難うございます。
    そうなんですか、ソ連崩壊の原因のひとつ「金欠病」は、空軍の予算拡大が大きかったのですか。海軍かと思っていました。
    25個師団分の給料が払えん!となると、ハイそうでしたかと引き下がります。
    1955年当時、ハコモノ行政はアウトバーン整備で十分、この先国費を注ぎ込むならば陣地帯のような土木工事ではなく、戦車などの重機械工業部門の強化が優先されますよね、普通に考えれば。興味本位に走り過ぎてしまいました。

    主題から反れたところで「正常進化だけではつまらない」という理由だけで「突然変異要因」を長々と探求してしまいました。これ以上はメルダース様にご迷惑なので、探求中止とします。再建した西ドイツ軍が最終的に冷戦に勝利し、ドイツ統一の一役を荷うことが出来たことは、「正常進化こそ王道」ということが歴史的事実として証明されている訳でもありますし。

  17. 名無し - 12月 23, 2011

    正確には空軍(と核)でしょうか

    戦略目的と編成ファンさん
    そんなに謝られるとこちらが申し訳なくなります
    こちらも何度も噛み付いて申し訳ありません

  18. - 12月 24, 2011

    「自分たちの復権と再就職が一番大事、その為には指揮権が政府でなくNATOだろうと構わない」
    って感じがしてしまいます。
    例えば、ソ連内に権力闘争が発生し政治的空白が生じた際にその隙を突いて電撃的に侵攻、一気に東独ポーランド間の国境まで押しわたる、とか。
    国家目標としての国土統一、その為の手段の一環としての再軍備というのは考慮されなかったのでしょうか。
    そういった投機的な発想を英米が許すことはないでしょうが、こっそりと研究してた。なんてのがあれば面白いんですが。

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