幻の東部戦線 19 (暗闘)

 ヒンメロート会議で元将軍グループがアデナウアー政権の再軍備アドバイザーとして主導権を握った直後、シュヴェーリンの更迭が決定します。これはどう見ても不透明な事件でした。なぜならヒンメロート意見書が提出され、機動警察構想が葬られてストレートな再軍備方針が少なくともドイツ国内では主流となった以上、シュヴェーリンを排除する名目が消滅しているからです。しかし、アデナウアーは躊躇することなく解任を決意します。

 

 表向きにはシュヴェーリンが記者会見の場で不適切な発言を行い、それに対する誤解と非難が集中したことが解任の理由となっています。シュヴェーリンはドイツ国民の意思とドイツの置かれた立場を無視して性急な再軍備案をアデナウアーに吹き込んでいるという誤解とそれに対する非難です。これはシュヴェーリンにとっては濡れ衣もいいところですが、急転直下の解任で反論の場もありません。

 

 そしてシュヴェーリンに対するマスコミの誤解は「イギリスから資金援助を受けている」「かつての国防軍の復活を狙っている」といった就任直後から漂っていた噂が下地になっていましたが、その噂を流していたのは他ならぬ元将軍グループで、それを助長するような情報操作を水面下で行っていたのが元将軍グループの背後にあったゲーレン大佐率いる「ゲーレン機関」でした。アメリカ側から、あるいは西ドイツ政府や国内のかつての兵器産業界から援助を受けていたのは元将軍グループでしたし、伝統あるドイツ参謀本部の復権を夢見ていたのも彼らでしたから、まったく筋の通らない話でした。

 

 また解任事件の黒幕として動いたゲーレン機関という微妙な存在にも注目する必要があります。シュヴェーリンはかつて情報畑に首を突っ込んでいた人物です。シュヴェーリンの事務局は西ドイツでの軍事情報の収集と分析の仕事を小規模ながら開始していましたから、1950年夏から秋にかけて、西ドイツには影の存在でアメリカ軍に奉仕していたゲーレン機関と、公的な存在ではあるものの、生まれたばかりで実力は無く規模も極めて小さいシュヴェーリンの情報分析班という二つの組織が軍事情報を巡って活動していたことになります。シュヴェーリンは元将軍達にとってもはや敵ではなくなっていても、水面下の存在から西ドイツ政府に正式に認知されたいゲーレン機関にとっては組織の将来を脅かす存在であることに変わりはありません。元将軍グループとゲーレン機関にとってシュヴェーリン解任の必然性はそこにあった訳です。シュヴェーリンを送り込んだイギリスへの言い訳はアデナウアーにより「安全保障問題の拡大によりシュヴェーリンの負担を軽減するために彼の上にしかるべき人物を置くことになった」といった内容で行われましたが、この弁明の草案を作成したのは他ならぬゲーレン機関でした。

 

 こうしてドイツ国内から眺めると解任劇は何とも陰謀じみた元将軍同士の権力争いですが、視野をもう少し広げて連合国とドイツ再軍備を巡る関係の変化を絡めて眺めるともう一つ別の様相が見えて来ます。

 

 まずシュヴェーリンを推薦したイギリスは何をどうしようと考えていたのでしょう。

 イギリスがヨーロッパの防衛を真剣に考え始めたのは1949年にソ連が原爆実験に成功してからです。将来、アメリカの核兵器での圧倒的優位が揺らぐ可能性を見たイギリスはドイツの再軍備をせめて東ドイツの流れと同じペースで進めようと考えます。機動警察構想もシュヴェーリンの見識だけでなく東ドイツの国民警察部隊編成を睨んだものでもありました。

 そして朝鮮戦争以前の段階で州ごとの警察組織しか持たなかった西ドイツに国家警察部隊25000人の編成を許す案が認められ、朝鮮戦争後には国家警察を15万人の規模に拡大することも黙認し、それを受けてアデナウアーは将来の正規軍への転換を腹に含んだ国家警察部隊の拡大を連合国に要求します。

 

 こうした一連の動きは1950年前半においてイギリスが西ドイツ再軍備の主導権を握っていたことを示しています。ところが朝鮮戦争の勃発が状況を変えてしまいます。イギリスとしては朝鮮戦争で始まった共産主義勢力との実力対決がヨーロッパに飛び火することは大きな脅威で、アメリカに対して朝鮮半島に深入りせず、あくまでもヨーロッパの防衛を優先し、地上兵力の増強を行うよう方向づけることが外交上の至上命題となっていました。

 

 ところが地上部隊のヨーロッパ展開について消極的なアメリカは在欧地上軍の大規模な増強を行うよりも西ドイツの再軍備を進めてそれを地上軍増強の代替とすることを望むようになります。朝鮮戦争勃発直後のアメリカはさすがに多少慌てていますから、それまで1954年頃と見られていたソ連軍のヨーロッパ侵攻能力獲得を1951年に前倒ししています(その認識はすぐに改められましたが・・・)。そうである以上、西ドイツの再軍備はもっとストレートに進めるべきで、最大の懸念であるフランスの説得もその方向でなされるべきだとの見通しが急速に力を持ち始めます。

 

 大雑把に言えば1950年9月頃を境に連合国間での西ドイツ再軍備計画に関する主導権はイギリスからアメリカに移動していたのです。ヒンメロート会議が10月に行われ、シュヴェーリンがその実権を取り上げられたのは、再軍備問題で「イギリス派」が後退し、アメリカが密かに保護していた元将軍グループと、ドイツの敗戦直後から秘密の存在として利用していたゲーレン機関という「アメリカ派」がドイツ国内で急速に力を持ったことの反映でした。

 こうした事情で「西ドイツをストレートに再軍備させ、しかもNATO体制に安全に組み込むにはどうすれば良いか」が1950年以降のアメリカの悩みどころとなり、結果的に先に紹介したフランス提案であるEDC構想につながって行きます。

11月 28, 2011 · BUN · 6 Comments
Posted in: 西ドイツ再軍備, NATO, 冷戦, 幻の東部戦線

6 Responses

  1. 戦略目的と戦術と編成ファン - 12月 1, 2011

    だれも合いの手がないので、小うるさく・・・戦後は旧日本の軍部は全くシュンとしてしまいましたが、伝統ある「ドイツ参謀本部の末裔」は生活がかかっているとは言え、中々粘り強いですね。新参者のアメリカさんの言いなりにはならん。老舗の魂を見せてやるという気概が見て取れる?
    1950年からマーシャルプランがスタートしたので、ドイツ再軍備問題の主導権がイギリスからアメリカに渡るのは、金を出す者は口を出すという当然の成行と考えてよいでしょうか?
    ちょっと前まで(オイルショックの頃ぐらい?)「自称インテリ」は共産主義に惹かれるところがあったみたいで、戦中・戦後のアメリカ政府内にも共産党ファンが多く居たのでしょうね。それが1950年からのマッカーシーの赤狩りで共産主義ファンが一掃されて、アメリカ政府内が反共でまとまった結果、元将軍グループに有利に働いたのかな?
    さてこの先、元将軍たちの思い通りになるのか、新参者に油揚げを持っていかれるのか、結果を楽しみにしています。
    話は変わってアメリカですが、第2次世界大戦に参加して死傷者を出した上に、多額の軍事援助をしたのですが、結果として実質的に何を得たのですか?
    手に入れたつもりの中国市場は毛沢東によってカーテンの奥に引っ込んでしまうし、ヨーロッパには多額の援助を注ぐ必要に迫られるし、私には大恐慌から完全脱却を果たしたことくらいしか見えてきません。
    戦争の軍事的勝敗は目に見えるけれども、大金を投じた上死傷者を出した結果の損得勘定は中々見えてきません。イギリスは戦争に勝ったけれども、大量の赤字国債が残って 決定的に没落してしまいました。勝ち損ということもあるのですね(負ければもっとひどい目にあうのですが)。その辺りも(損得勘定も)いずれ解説して頂けると嬉しいです。
    ところで・・・BUN様のお写真はカッコ良いですね。どなたのお面でしょうか?

  2. BUN - 12月 2, 2011

    「私の写真」ですか?
    昔、メルダースと名乗っていた頃の古い写真です。お笑いください。

  3. アナベル・加トー少佐 - 12月 2, 2011

    >結果として実質的に何を得たのですか?

    と問われれば、(ベルリンの壁+冷戦)=多額かつ継続的な軍事費&他国への介入の正当化となるでしょうか。
    軍産複合体と政治家にとっては第2次大戦の出費を相殺するくらいオイシイ展開ですよね。アメリカの外交と戦争ってのは、一貫していない結果この反復の永久運動まぁいつまで続くやら。

  4. BUN - 12月 2, 2011

    アメリカは第一次世界大戦後に世界経済の中心に躍り出た際に、戦争で積み上げられた富を世界に還元しなかったことで次の大戦の火種を残してしまいました。
    大雑把に言えば英国が金本位制の下で築き上げた経済モデルを継承できなかったんです。
    だから次の戦争の後では疲弊した西側世界への投資を重点的に実施せざるを得なかったという事情があります。
    また、軍産複合体とはいっても、戦後の軍需産業は急速に拡大する民需とのせめぎ合いの中で苦労を重ねていますから、冷戦で大儲けという訳でもないんですね。

  5. 戦略目的と戦術と編成ファン - 12月 4, 2011

    正式にはBUN・メルダース様と仰るのですか。中々のイケメンですね。私もハンニバルと会い間見えていた頃は スキピオ・アフリカヌスと名乗っておりました。遠い昔のことなので、イケメン写真が残っていないのが残念です。
    スキピオ・クマサン

  6. 戦略目的と編成ファン スキピオ・クマさん - 12月 9, 2011

     軍産複合体と政治家にとっては第2次大戦の出費を相殺するくらいオイシイ展開ですよね。
     軍産複合体の・・・というのは教科書的な気がするなあ・・・
    上下院議員さんの大半は、自分の選挙区内の雇用やインフラ整備・行政サービスが一番票に結びついて大切なことなので、国(州の集合体)に対する戦争の損得となると、そんなに単純では無いような気がします。
    アメリカの戦後政策の中心は、復員した兵隊さんたちが結婚して子供を作り、家を建てて家具・家電・車・その他あらゆるものをどんどん消費してもらうことだったと思います。
    そして国策として進めてきた過剰消費の行き過ぎた結果が、サブプライムローンの破綻でしょう。
    私は陸・海・空の兵器マニア(コストと性能)なんですが、なぜBUN・メルダース様の主題から反れた事をクドクド投稿するかと言うと・・・
    70年前は大恐慌の出口としてヒトラーが一役担いました。(日本も信管役を担いました。)サブプライム問題は天文学的金額で、まだ先送り中でしょう。80年ぶりの大危機ですから、ヒトラーの代役を担う人が出現するかな?それは誰かな?と、興味津々で眺めています。信管役は中東辺り?
    たぶん私の期待を裏切って、時間をかけて「ゆっくりしたインフレ」で解決する方向に向かうと思いますが・・・。

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