幻の東部戦線 16 (機動警察構想)

 爵位を持った将軍でありながら民間企業で働いた経験を持ち、国外での生活が長く、ナチスドイツ陸軍の情報参謀でありながらリベラル派かつ親イギリス派で開戦反対論者、和平工作を睨まれて前線に出されても装甲擲弾兵師団、戦車師団を率いて剣柏葉付騎士十字章の受章者となる戦場の英雄でもあった文武両道のシュヴェーリンですが、他の将軍達とは来るべき対ソ戦に対するイメージが全く異なっています。

 

「ソ連軍侵攻時には西欧同盟軍の戦線は維持できない」

「現在のドイツ国民には対ソ戦を再び闘う意思がない」

「戦時には西に逃れる大量の難民が奔流となって防衛戦もままならない」

 

 シュヴェーリンの対ソ戦イメージはこのようなものです。戦車師団の英雄でありながらも「最新鋭装備の戦車師団でいま一度ソ連軍と機動戦を戦う」夢を見なかったという点だけでドイツ陸軍の将軍達の中で異彩を放っています。ファーレーズの包囲戦から血路を開いて撤退した時に英雄の心の中で何かが変わったのかもしれません。

 

 そのためにシュヴェーリンの再軍備構想は極めて穏健なものでソ連軍侵攻時に西に向かう難民を誘導整理するための「機動警察部隊」を設けることから始まります。マントイフェルが「ソ連軍砲兵に与える馬草に過ぎない」と言い切った軽装備の補助部隊を編成する計画ですが、情報将校出身のシュヴェーリンにとってみればマントイフェルが戦車師団を20個指揮できたとしても、国土の主要部を戦闘に巻き込まれたドイツ国民は800万から1000万の難民となって西に向けて脱出を試みるので、その奔流に吞み込まれた西欧同盟軍はもはや防戦どころではなくなるだろう、という予測を基礎にした「現実的」方針でした。

 

 こうした難民の奔流を制御するための機動警察軍を組織して出来る限り整然とした国民の西方脱出を助け、副次的に西欧同盟軍の防御戦闘を掩護することが現状のドイツにとっては精一杯のところではないか、というのがシュヴェーリンの見解です。こうした見解はイギリス軍の予測する対ソ戦の様相にも合致していました。そして現状のドイツ国民感情にも寄り添うものと考えられ、しかも西欧諸国の対ドイツ感情も刺激しない構想としてイギリス占領軍にとっては好ましい発想でもありました。

 

 そもそも1950年春頃におけるイギリス軍の情報分析では第二次世界大戦で大きな傷を負ったソ連にはまだしばらくはヨーロッパ正面への侵攻は行わないだろうと考えられていました。ソ連軍の侵攻がある程度の可能性を持ち始めるのは少なくとも1954年頃からだろうというものです。この予想はまさにその通りで実際の西ドイツ再軍備もそうしたスケジュールで行われています。「ソ連はまだ攻めて来ないだろう」という認識はシュヴェーリンが安全保障アドバイザーに就任した時点では正しい見解でした。

 

 そしてシュヴェーリンの「機動警察部隊」構想もイギリス軍の好みに合う考え方でした。ドイツの再軍備に対して、フランスよりは柔軟に、アメリカよりも警戒的なイギリスの態度はこうした段階的手法を好みました。イギリス占領軍当局と接触のあったシュヴェーリンがこうした構想を抱いたのも当然のことかもしれません。

 

 そしてエルベ川の向こうに現れたもう一つのドイツである東ドイツではすでに国民警察としてある程度の軍事行動が可能な組織が誕生していましたし、西ドイツでの「機動警察部隊」の編成もソ連側を出来る限り刺激しない、という観点からも現実的なものがありました。シュヴェーリンはこうした「機動警察部隊」の編成とその教官となる指導層の育成から再軍備を開始しようと考えていたのです。

 

 ただ、この考え方は元将軍グループの目には相当危険なものと映っています。

 なぜならシュヴェーリン構想はすでにかなり歳を取っている元将軍グループにとってあまりにも迂遠で、現実的には自分達の出番が無いからです。第二次大戦の兵卒レベルは1950年代にはもう立派な青年あるいは中年でしたし、下士官はまだしも若手将校はもう中年の域に達し初めていました。肉体的な問題とはあまり関係の無い将軍達でさえ終戦後5年の月日は少々長い年月なのです。

 

 こうした問題にあまり関心を持たなかったのはシュヴェーリンがドイツ将校団の伝統といった曖昧な価値観にまったく囚われていなかったことによります。かつての戦争で祖国を敗北に導き、自分をも逮捕したそうした集団が再び力を持つことに何の価値も見出していないシュヴェーリン構想は結果的に穏当であり現実的で、イギリス占領軍だけでなくアメリカ占領軍からも受け容れられるような性格を持っていましたが、ドイツの元将軍達にとっては自分の存在意義を問われるような脅威と映っていたのです。

 

 そしてシュヴェーリンを受け容れた新生ドイツを率いるアデナウアー首相にとっては現実的でイギリス占領軍とも関係良好、というかヒモ付きのシュヴェーリンは当初は胡散臭い存在ではありましたが、その知性と教養と現実的認識は評価に値するものとして重用されるようになります。西欧諸国がドイツの再軍備に対してどんな視線を送っているかをよく認識し、ドイツ国民が再軍備について「まったく積極的でない」ことも知り尽くしていたのがアデナウアーだったからです。

 

 こうして穏健な再軍備論を展開するシュヴェーリンがアデナウアーの陣営に加わってしばらく後の1950年6月、新たな事件が起こります。

 それが朝鮮戦争です。

10月 25, 2011 · BUN · 5 Comments
Posted in: 西ドイツ再軍備, NATO, 冷戦, 幻の東部戦線

5 Responses

  1. a - 10月 28, 2011

    やはり、日本もそうですが、朝鮮戦争は
    キーポイントになりそうですね。
    ここから、どうエアランドバトルにつながっていくか
    楽しみです。
    あまり詳しくは無いのですが、今アメリカで盛んに議論されている
    エアシーバトルというドクトリン?は、本質的な意味
    (同盟国との共同作戦を基本、同盟国戦力をそれなりに当てにするも、その戦力構成は特定分野に集中、前線は同盟国付近を想定、航空戦力の有効利用)において冷戦時代のエアランドバトルと似ているというか、これの海版のような気もしたりするのですが、どのように分析されていますか?

  2. BUN - 10月 29, 2011

    朝鮮戦争の話はきっとしばらく先になると思いますので・・。

    20世紀欧米人の戦争観の根本にあるのは何といってもWW1です。
    朝鮮戦争でもアメリカは本来であれば「1919年の第一次世界大戦」のような戦争がしたいんですね。
    人的損失を火力で抑制するという発想です。
    ところが第二次世界大戦後、もはやそんな大袈裟な戦争はできなくなってしまいます。大規模な陸上兵力も無ければ膨大な砲弾ストックも無い。
    新たにそれにつぎ込む余裕も無い。

    そこに「新しい発想」のように見える何かがあてがわれて行く、そんな流れが現代まで連綿と続いています。

  3. モーター - 10月 29, 2011

    考えてみたら、将軍たちは就職先を確保するために活動しているんですから、この方針だと色々困るんですよね。シュヴェーリンの観点は極めてまっとうだと思いますが、それを言ったらおしまいですよね。

    朝鮮戦争の勃発で世論の流れと、アメリカ軍の展開が少し変わって、再軍備となるなら、うちの国みたいで苦笑してしまいます。

  4. 戦略目的と戦術と編成ファン - 10月 31, 2011

     西ドイツ軍を再建する前に政治情勢の説明があって背景が分りやすいです。その結果どのような戦略・戦術・編成に結実するか 流れを楽しみにしています。
     米英が防衛第1線の戦術単位として西ドイツ軍を欲しがっていて、戦略・作戦は米英流となることは、ドイツの元将軍たちは重々分っていたと思います。それでも求職活動をするのは、自分たちを買いかぶっていたのですか?それとも、直ぐに自分たちが必要な事態がやって来るという、歴史観からの信念があったのでしょうか?まさか自分たちは米英の物量に負けただけで、能力は自分たちの方が上と考えていたのでしょうか?物量というけれど大量生産の準備をするのはどれだけ大変なことか知っていたのかな?
     話は変わって、イギリスという国は人を見る目があるのですね。外交交渉も表は紳士的で筋が通っていて皆さんが納得せざるを得ないし、裏側の情報機関もしっかりしているし、えげつないこともできるし、2枚舌を使っても変に強弁せずにスルリとかわせるし・・・。日本にとってはお手本ですね、これから先 アメリカ・ロシア・中国・韓国に踏みつけられ続けると 日本人も立派な外交を演じる政府を作れるのかな?でも、根がお人良しだから・・・無理?

  5. BUN - 11月 4, 2011

    モーターさん

    シュヴェーリン構想で進んで行けば西ドイツの再軍備は日本のそれとよく似たものになっていたでしょう。「連邦軍」とは名乗らない軍隊が生まれた可能性があります。何しろ「Bundeswehr」の名付け親は誰あろうマントイフェルだからです。

    戦略目的と戦術と編成ファンさん

    奇異に聞こえるかもしれませんが、時代や洋の東西を問わず一般に戦場で成果を収めた将軍達は兵器の生産や補給に比較的無関心な人々です。どこの国の将軍達も同じようなもので、現実の戦場で活躍できた者が戦争というものに総合的な知見を持っていたとは限りません。
    極端に言えば兵站を無視した将軍しか名将として名を残せない、といっても良い位なのです。もともとそうした職業でもありますし、戦争は軍隊を動かす将軍達だけに任せるには大き過ぎる出来事だからですね。近代国家は将軍の手に余る仕事をする組織を持っているものです。

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