幻の東部戦線 12 (バジル リデルハートの約束 2 )

 電撃戦を指揮したドイツの将軍達にとってリデルハートは戦勝国の人間であり、捕虜となった将軍達の再教育係でもあり、捕虜であり戦犯裁判に怯えるドイツの将軍達を見下ろす強い立場に立つことができました。

 けれどもリデルハートの実際の活動は戦争の当事者達から教えを乞い、最新かつ本職のドイツ軍人が用いた本物の機動戦理論や大軍を指揮する実際の苦労、工夫、そして戦闘経過の実相を知ることで自分の知見を高める作業でした。

 

 第二次世界大戦を終始、外野の立場で過ごしたリデルハートにとって戦争の中枢にあったドイツの将軍達の談話は宝の山に見えたに違いありません。彼らから話を聞きたいという情熱には何の偽りもなかったことでしょう。そのためにリデルハートは「戦犯」の疑いをかけられたドイツの将軍達に対して終始紳士的、同情的な態度で臨み、おそらく尊敬の念をも隠さなかったことでしょう。そして聴取を通じて関係を深める中で、ドイツの機動戦論者たちに1930年代の機動戦論者の一人としての自分の著作から「影響を受けた」と認めさせる見返りに彼らの自己主張の場を確保しようと努力しています。

 

 こうした取引は一つの嘘を含んではいましたが、犯罪者として扱われるドイツの将軍達にとっては有難い話でしたし、尊敬と同情をもって接するリデルハートに恩義を感じていたようです。その関係が良好だったことは彼らが釈放されたあとも軽々しくその取引を口にすることなく、リデルハートの死後になってから生き残った者がようやくそれを口にし始めたことからも想像されます。

 

 このように生徒は実はリデルハートなのですが、建前としては上に立つ形です。上に立って導く係ではあったものの、退役大尉の軍事ジャーナリストと錚々たる歴戦の将軍達ですから、相手の方がどう見ても格上の人物です。このためにリデルハートは軍事思想家として彼らと対等かそれ以上であることを折に触れて示さない訳には行きません。

 ですからリデルハートが将軍達からの聞き書きで纏め上げたドイツ軍側の戦史である「丘の向こう側」の本文にはちょっと逸脱した部分があちらこちらにあります。

たとえばこんな調子です。

 

 

 アルデンヌ攻勢についてのインタビューで、夜間攻撃のために探照灯を雲に向けその反射光を人工の月明かりとして友軍の前進を助ける手法を発案して用いたと説明するマントイフェルの談話を直接話法で紹介しながら、( )をつけてリデルハートが注釈を入れます。

 

 

「(奇妙なことにマントイフェルは、すでに英軍がこの「人工的月明かり」を発明、利用していたことを知らなかったらしい。

 そして彼は1932年に私が出した『未来の歩兵』という小さな本に感銘を受けたと言ったけれども、

 実はその本の中で既にこの探照灯戦術について示唆を与えてある、という事を忘れていた。)」

 

 恐らくこの文章を普通に読んだ方々の大半は「マントイフェル将軍はリデルハートの書いた本なんて実は読んでいないのではないか」と感じると思います。そう受け取られてしまうような文章だからですね。

 こんな書き方をしたらマントイフェル将軍に「感動した」と無理やり言わせたことがバレでしまいますが、書かずにいられなかったようです。

おそらく自分でも解ってはいるのでしょうが、それでもやめられないのが「リデルハート節」なのでしょう。

 

 

イギリス軍の捕虜となった将軍たちの中でリデルハートと最も深く話したのはブルーメントリットだと言われています。

リデルハートの書き上げた第二次世界大戦史の骨格を語ったのがブルーメントリットで、戦争映画の名作「史上最大の作戦」や「遠すぎた橋」まで彼の回想に拠らない物語はありません。私達の知っている西部戦線の物語はブルーメントリット始発、リデルハート経由、各作家の手によるものだからです。
紹介するのは「丘の向こう側」でブルーメントリットが1941年秋にモスクワ前面に迫りつつも限界に近づいていたドイツ軍内の雰囲気を語る部分です。

「すべての指揮官が問いつつあった。

 『我々はいつ停止するべきか』
 彼らはナポレオン軍の上に起こったことを想起していた。
 多くの者はあの1812年のコーレンコールの書いた 身の毛もよだつような物語を読み返し始めた。

 (中略)
 私は当時フォン クルーゲ将軍が彼の宿舎と司令部との間の泥の中を行き来しながら、 そしてコーレンコールの本を手にして地図の前に立っていた姿を思い出す。」

ここでリデルハートが口を挟みます。

「ここで私が特に面白いと思ったのは、 この1941年の8月-ちょうどドイツ軍の攻勢が頓挫し始めた時に、私は雑誌「ストランド」の10月号へ このヒトラーの作戦とナポレオンのそれとを比較しながら ひとつの論文を書いたからである。
 私はその中でコーレンコールからの多くの引用に準拠しながら、 自分の意図した結論を述べたのである。
 ドイツの将軍達はコーレンコールに気がつくのが少しばかり遅すぎたようだが、 我々は既にそれと同じ視角から考えていたと私は語った。」

 

 

「だから、何なのだ」と言いたくなるような内容ですが、これだけではまだいつものリデルハート節です。
ここで特にいい味が出ているのはこの次の一行ではないかと思います。

 
「ブルーメントリットは苦笑してうなずいた。」

 

まあ、その・・・たしかに苦笑するしかないでしょう。

10月 3, 2011 · BUN · 4 Comments
Posted in: 西ドイツ再軍備, NATO, 冷戦, 幻の東部戦線

4 Responses

  1. uuchan - 10月 4, 2011

    リデル・ハートの著作からは、なんでドイツが負けたのか、よくわかりませんでした。ヒトラーがすべて悪い、とも言っていないし。

    ヒーローにインタービューするファン、という感じなのですね。自説にこだわる理論屋さんいうイメージでしたが、親しみがわきました。

  2. BUN - 10月 4, 2011

    uuchanさん

    まさにそれですね。
    実に人間臭い部分があります。
    本人に会うと誠実で面倒見の良い「いい人」なんじゃないか、と。

  3. BeauFighter - 10月 5, 2011

     連載再開をお待ち申し上げておりました。今度のお題は
    戦後NATOの盾、というか防御陣地となった戦後ドイツ軍の
    政治的な生い立ちですね。楽しみにしております。

     私はHN通りの英寄りミリタリーファンなので、割と英国
    の人のメンタリティに共感することが多いのですが。
    ナイーブでどこか素直じゃないけれど、自分の行動への
    欲望には率直で、そのため成功も失敗も極端なおもしろい
    人が多くてとても魅力的に感じます。
     それにしてもこうしてエピソードを積み重ねて見ると
    キャラがもーかわいいですよね、リデル・ハート先生って。
    萌えキャラ化できるくらいかわいい!

  4. BUN - 10月 19, 2011

    レスが遅れて申し訳ありません。
    リデルハートは確かに「かわいい」ところがありますね。

Leave a Reply