Archive for 5月, 2011
幻の東部戦線 7 (「対ソ戦のプロフェッショナル」)
ドイツの将軍達が戦史を書くのは歴史を重視するプロシア陸軍以来の伝統とも言われます。けれども敗戦後に書かれた回想録は必ずしも事実に根ざしたものとは限りません。ハルダーの下で戦史編纂作業の統括をつとめたホイジンガーなどはど [...]
5月 29, 2011
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幻の東部戦線 6 (ドイツ軍戦記執筆のルール)
敗戦後、捕虜となったドイツの将官には連合軍からの尋問と戦犯としての裁判が待っていました。ニュールンベルク国際軍事法廷です。この裁判の結果は紹介するまでもありませんが、開廷までの間に被告となった将軍達の弁護資料として大規 [...]
5月 26, 2011
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幻の東部戦線 5 (ドイツの将軍達はどんな人々だったか?)
ドイツの再軍備と簡単に言っても、それを実現するには大きな課題がいくつもありました。まずは連合国、中でもフランスの反発があります。旧敵国の再軍備をまともな形では許してくれそうもない強敵です。そして世界中を相手に戦った大戦 [...]
5月 21, 2011
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幻の東部戦線 4 (フランスの妥協と工夫)
1948年のベルリン封鎖以来、次第に脅威を増して来たソ連のヨーロッパ侵攻に対して、西欧諸国は抑止力として機能させることはおろか、まともな反撃もおぼつかない深刻な兵力不足に悩んでいたことを紹介してきました。 この問題を [...]
5月 14, 2011
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幻の東部戦線 3 (兵力不足をどう補うか?)
通常兵力の圧倒的な少なさから、即時の反撃を諦め、ピレネー山脈に防衛線を築き、そこを収容陣地として大陸から撤退することを前提とした戦争計画を立てていたアメリカに対して、西欧同盟諸国はできる限り東に防衛線を置くという強い意 [...]
5月 9, 2011
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幻の東部戦線 2 (西欧防衛線をどこに置くか?)
「OFFTACLE」は長期戦計画であるところにも特徴があります。開戦当初からソ連本土に向けた核爆弾と通常爆弾による空襲を全面的に実施するにもかかわらず、戦争の計画は年単位で立てられているのです。 アメリカ空軍が開戦直 [...]
5月 7, 2011
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幻の東部戦線 1 (冷戦初期のアメリカ戦争計画)
第二次世界大戦の戦いは多くの出版物のお蔭でその概要が誰にでもつかみやすく、しかも実際に戦われた最後の大戦争ですから読んで面白く考えて楽しく、しかも害が少なく趣味の対象として絶好の存在です。 一方で枢軸国の無条件降伏に [...]
5月 7, 2011
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