砲兵の仕事 39 (第二次世界大戦のまとめ)

 かなり間隔が開いてしまいましたので、ここで第二次世界大戦中のお話をいったんまとめてみます。もう一年近くも砲兵の話ばかり続けていますので読む方も書く方もいい加減くたびれて来たような気がしますが、どうかお付き合いください。

 第二次世界大戦開戦前とその末期では陸戦に対する考え方が大きく変わっています。

 開戦前と開戦からしばらくの間は戦間期に発展した機動戦理論によって機動力の優越は火力の優越よりも重視されていました。そこには機械化部隊の迅速な突破とその衝撃力は敵の火力発揮を妨げ指揮統制を麻痺させることができると、あまり根拠の無い考え方が背景として存在しました。そして「二度と第一次世界大戦のような膠着状態を出現させたくない」という願望がそれを支えていました。

 ところが敵の機動戦を押し止め、押し返すには火力の集中が最も効果的であることがじきに判明します。エルアラメインやモスクワ前面でそれが立証されると、機動戦の最も熱心な信奉者だったドイツ軍でさえソ連式の火力集中を試みるようになります。そして1944年には「電撃戦」などという言葉を何の留保も無く口にする高級指揮官はいなくなります。戦車の「強さ」とは戦間期の予算不足と機動力偏重のために軽量、短射程の小型カノンとして奇形化した対戦車砲の無力さが許したつかの間の夢だったからです。以降、火力戦を前提としない機動戦が語られることはありません。

 そうはいっても第二次世界大戦後期に各国の陸軍がたどり着いた場所はほんの少しずつ違っています。微妙な違いではありますが、戦後の発展のスタートラインはそこにあった訳ですから、各国の火力戦の特徴を眺めて行きましょう。

 まずは近代砲兵の先達であるイギリス軍です。ポーランド戦の教訓から火力重視へと方針転換したイギリス軍の特徴は第一次世界大戦の原則を忠実に再現した点にあります。砲兵の準備砲撃が行われ、弾幕に守られて歩兵の突撃隊形が整えられ、移動弾幕のすぐ後ろを歩兵部隊が突撃して敵陣を突破、その後の機動戦フェイズに移行するというものです。

 イギリス軍はこれを実現するために第一次世界大戦でそうしたように連隊より旅団、師団、軍団レベルにまで集中の規模を拡大します。ソ連軍のような独立した砲兵軍団といった組織は生まれない代わりに柔軟な砲兵集中を実現しようと考えたのがイギリス陸軍です。

 ただその運用は基本的に前大戦を踏襲していますから、火力の集中は前線からの要求に応じて臨機に集中することを理想としていました。そのために砲兵司令部は前線観測所に配置された観測将校に砲兵戦の指揮権を大幅に移譲しています。

 また戦争後期になると砲兵と航空の火力分担が明確になってきます。近距離目標は砲兵、遠距離目標は航空攻撃という棲み分けです。また航空攻撃の安全を確保するために砲兵が敵高射砲を直接叩く、敵対空防御制圧(SEAD)任務を初めて実施するようになったのもイギリス陸軍です。

 柔軟さを求めたイギリス軍に対してソ連陸軍は火力最優先の組織作りと運用を実践しています。イギリス軍とどう違うかといえば、砲兵リソースを出来る限り総司令部予備として後方に確保しておき、突破作戦が行われる正面に対して、敵を圧倒できるだけの密度で集中投入するというやり方です。このためソ連軍砲兵は戦争中期で2割、戦争末期には4割近くが戦略予備としてキープされていました。

 このため、ソ連軍は重要度の低い戦線では必要最小限の砲兵しか配備せず、突破作戦を実施する最重要地区には運用の柔軟さなど不要となるほどの大規模な集中を行っています。

 前線部隊の要求による臨機の目標に対する制圧と、突破のための縦深制圧とを同じリソースで実現しようとすれば複雑精緻な指揮統制が必要になりますが、どちらの任務にも余りある規模で砲兵を配備できればそのような工夫は要らなくなるという単純な考え方です。

 そしてソ連軍の最大の特徴は砲兵の独立運用です。火力戦で縦深制圧を実施するためには歩兵部隊や戦車部隊の都合は二の次にして、砲兵の都合を優先した作戦が実行されています。他の兵科に隷属しないために、ソ連軍の砲兵は師団、軍団といった大きな組織でまとめられているのです。独立運用される砲兵は砲兵戦の真髄である敵砲兵の制圧=対砲兵戦を最優先で展開し、その結果作り出された敵の火力ギャップに戦車と歩兵が注ぎ込まれるのがソ連軍の戦い方です。

 こうして見るとソ連軍は航空を軽視していたかのように思われますが、独ソ開戦時のソ連空軍は世界最大規模の空軍です。ソ連侵攻作戦開始と同じにドイツ空軍が実施した航空撃滅戦で先手を取られて大損害を受けたことや、その装備が旧式だったことから軽く見られがちですが、開戦時に膨大な旧式装備を抱えていたということは、それだけ航空軍備の拡張が早くから行われていたことを示しています。ソ連軍もまた砲兵火力と航空攻撃との協調と棲み分けを重視した軍隊だといえます。

 ソ連軍との戦いで苦杯を嘗めたあと、ソ連式の砲兵運用を何とか採り入れようと努力したのがドイツ陸軍です。電撃戦の本家本元であるドイツ陸軍は1930年代の病理を一身にまとったような火力軽視の軍隊となっていましたが、優れた地上攻撃部隊を擁するドイツ空軍との連携によってポーランド戦からフランス戦までの侵攻作戦を成功させます。

 だからといってドイツ軍砲兵が火力戦を無視していた訳ではなく、機会に恵まれるなら大規模な砲兵戦を展開する気持ちは満々だったのですが、砲弾生産があまりにも少なく、火力戦を展開する基盤を欠いていました。砲弾生産が前大戦レベルにまで回復するのは1944年になってからですが、今度は規模が大きくなった砲兵部隊に弾薬が行き渡らなくなります。

 そして砲兵を独立運用する実験的な部隊として1943年に画期的な第18砲兵師団が編制され、その後の砲兵軍団へと続きます。ソ連を素直に真似ようとしたけれどもドイツのリソースではそんな真似はできなかった、ということです。一方で火力戦に圧倒された戦車部隊は夜間攻撃に活路を見出します。赤外線暗視装置を搭載した夜戦装備が開発され、戦後になって各国の戦車にも普及した背景にはこんな事情があります。

 いちばん後からスタートしたアメリカ陸軍はドイツ式の機動戦を展開するための軍備を最優先で整えます。砲兵の自走化ではソ連を除いた各国陸軍を大きく引き離しています。けれども戦間期に予算上の制約から肝心の新型砲の開発と生産が停滞し、運用構想もまずは師団砲兵レベルの効率的な運用を優先していたため、イギリス式の大規模集中はあまり得意ではなかったのがアメリカ陸軍です。ドクトリンはできても実績が追いついていないので砲兵はどちらかというと地味な存在でした。

 ただしアメリカ陸軍の最大の特徴は砲兵の大規模集中の代りに世界最大の空軍が濃密な火力支援を行えたことです。必要ならば戦略爆撃機までも駆り出して行う大規模な航空支援によって、地上軍の砲兵は直接支援任務に集中できるようになります。

 このように第二次世界大戦は火力の重要性が再認識された戦争でした。連合軍もソ連軍も大規模な火力集中が最も切実な人的リソースの消耗を防ぐことができるとあらためて学び、砲兵火力の大規模集中、航空との連携といったテーマが戦後に受け継がれて行きます。

4月 6, 2011 · BUN · 14 Comments
Posted in: 砲兵の仕事, 陸戦

14 Responses

  1. BUN - 4月 6, 2011

    年度末の忙しさにかまけて更新を怠けていたところに大震災に原発騒動。
    ついこの間まで仙台に住んでいた身としては大変な衝撃で、正直なところ、暢気に戦争の薀蓄話など書く気持ちになれなかったのも事実です。
    しかもこれから核兵器の絡む話を始めようとしていたのです。

    こっそりと控えめにやりますのでどうかお許しください。

  2. 西宮 敦 - 4月 6, 2011

    はじめまして。 西宮と申します。
    いつも「目から鱗」な記事をありがとうございます。
    気長にお待ちしておりますので、どうぞご自愛ください。

  3. BUN - 4月 6, 2011

    西宮様

    お心遣いありがとうございます。

  4. スキュラ - 4月 7, 2011

    ずっと待っていました。またお願いします。

    ところで極東の某国は

    戦間期     → 方向性定まらず
    ノモンハン以後 → 火力主義
    大戦中のほとんど→ 機動主義
    硫黄島・沖縄  → 火力主義

    という具合でしょうか?

    あと、以前「ノモンハン、日本側の認識」で、
    「戦車はべつに増強しなくてもいいじゃないか」というくだりがチラッとあったのですが、
    これも火力主義的な発想からくるモノだったのでしょうか?

  5. 栗田 - 4月 7, 2011

    再開待っていました!
    いろいろご不自由もあるかと存じますが、どうぞお健やかに。

  6. 天ヶ崎 - 4月 7, 2011

    こちらでは初めまして。
    こっそり控えめの更新をこれからも楽しみにしています。

    >これも火力主義的な発想からくるモノだったのでしょうか?
    私も気になります。
    「戦車はべつに増強しなくてもいいじゃないか」と書かれているっぽい所で、
    「戦車作るくらいなら砲兵とトラック作ってくれ」、「火力は運動を無視できる」のように読める気がします。
    つまり、ドイツに倣い機動戦を重視していたと言われる日本ですが、火力を重要とする考えも少なからず存在したかもということでしょうか?

  7. BUN - 4月 24, 2011

    皆さま、

    ゆっくり進めさせて戴きます。

  8. 戦略目的と戦術と編成ファン - 5月 1, 2011

    砲兵だけでなく戦術の根幹に到るまで、今まで出会わなかったレベルの深い分析に接して感動しております。
    元来戦略目的はその国の立ち位置と産業力に応じて決めるべきものと思っています。スターリンは自国の戦略に沿った産業力を「自国民を犠牲にして」育て上げたという実行力は、凄いですね。

    質問です 1
    No18から39まで読ませて頂きましたが私にとっては最高レベルです。実際戦略・戦術のプロである士官候補生は自衛隊を含めて何処の国でも、この程度のレベルの講義は受けていると考えて良いですか?

    機関銃の普及と第1次世界大戦の塹壕線、火力集中、戦車、浸透戦術が現在の戦術の起点だと どの本にも書いてあります。
    その次の発明は核兵器ですが、これは本格戦争にならずにソ連が崩壊して良かったと思います。そういう意味ではゴルバチョウフさんにはノーベル平和賞を10個くらい挙げたい気分です。

    質問です 2
    その次の新発明は精密誘導兵器ですね。先進国の兵員の人的価値が高くなると、将来は対人用精密ミサイルが軍備の中心になると考えられますか?
    1発100万円で出来れば、10兆円で1000万発作れますね。
    アメリカからテレビ画面を操作して、対人ミサイルで某国の人口が半分になってしまうという事態は将来起き得るとお考えですか?
    そして御代は地下資源で回収するという筋書きは・・・あまりにも危険?

  9. BUN - 5月 2, 2011

    戦略目的と戦術と編成ファンさん

    ご愛読ありがとうございます。

    質問1について
    ここで触れているような歴史的な経緯については深くは学ばないのが普通です。通史として概略が解っていれば現代の任務には十分だからです。

    質問2について
    ちょっと考えられないでしょう。戦争に関する様々な問題は最前線で解決するよりも、より後方にアプローチした方が効率が良くなるからです。

  10. すいか - 5月 3, 2011

    二日前にこのページを見つけ「砲兵の仕事」一気に読ませてもらいました。
    T-34の損害要因や軍用機と装甲戦闘車輌の予算の比率などの
    貴重なデータに感嘆しています。グデーリアンの電撃戦ぐらいしか
    WW2に関する書籍は読んだことがなかったので、まだ半信半疑ですが
    少し見方は変わりました。ゆっくり続編まってますね。

  11. BUN - 5月 5, 2011

    すいかさん

    こうした見方もある、といった程度にお考えください。
    そのほうが自分で考える楽しみが増えると思います。

  12. P-47大好き男 - 5月 7, 2011

    機動戦は小手先の工夫に過ぎず、火力の投入量で決まる。
    実に明快ですが、それを実行に移すのは並大抵の事ではないのですね。本当に勉強になります。

    ふと思ったのですが、今日行われている対テロ戦争、ゲリラ戦の類はよく「非対称戦争」と呼ばれますが、これって本当に「非対称」なのでしょうか?
    誘導技術の有無によらず、歩兵の持つ小型ロケット弾やライフル・機関銃が主力となり、かたや無人機による小型爆弾やミサイルによる精密爆撃、かたや敵の中枢を狙った自爆攻撃と、どうも通信や情報処理技術に格差はあっても、投入火力の「量」に限っては比較的小規模な攻撃に終始しているようにも見えます。

    どんな経緯があってこんな事になってしまったのか・・・それを知る糸口としても「冷戦編」、大いに楽しみです。のんびりお待ちしております。

  13. 戦車大好き - 7月 26, 2013

    榴弾砲について調べていたら
    本サイトの「砲兵の仕事」に迷い込みまして、
    興味深く読ませて頂きました。
    ドイツ軍と電撃戦のファン(?)なのですが、
    ほんと衝撃的な内容でしたが、とても納得です。

    思い返すとエル・アラメイン、クルスクも、
    勝った方は相手の砲兵を先制で潰してますね~。

    これから他の記事も、読ませて頂きます!!

  14. 風呂敷 - 3月 27, 2015

    中学3年生ながら拝読させていただいきました
    「防御戦の骨子は火力である」という事が緻密かつわかりやすく書かれており感激いたしました
    平原では損害の7割、市街地でも5割が砲によるものと「21世紀の戦争」でも書かれていた通り地上戦の帰趨を左右するのは砲兵なんですね
    ところで、ドイツ軍の「砲兵では対抗できないから夜襲を仕掛けよう」という発想は日本軍の「統制経済でマトモな砲兵が維持できないから夜襲を仕掛けよう」という発想に似たものを感じて興味深いと思いました
    火力で負けてしまうと総じてこういう考え方になるのでしょうかね

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