砲兵の仕事 32 (T-34の損害要因)

 東部戦線の戦闘が緒戦の機動戦から火力戦に転化してゆく様子を眺めて来ましたが、戦闘の様相がどんな形で変わっていったのかを知るにはソ連軍の主力戦車であるT-34がどのように撃破されたかを見るのも参考になるかもしれません。ソ連側の戦訓研究でドイツ軍のどのクラスの砲でT-34が撃破されたのかを示すものがあります。どうも大雑把な数字ですし、どれほどの精度があるかはわかりませんが、それでもソ連軍は友軍戦車が何に喰われたと認識しているかを知る手助けにはなります。

 1941年6月から1942年9月、すなわちスターリングラード戦前までにドイツ軍の砲撃によって撃破されたT-34は、口径別に見ると次のような比率だとされています。

20mm砲によるもの     4.7%

37mm砲によるもの     10%

短砲身50mm砲によるもの  7.5%

長砲身50mm砲によるもの  54.3%

75mm砲によるもの     10.1%

88mm砲によるもの     3.4%

105mm砲によるもの     2.9%

不明            7.1%

 20mm口径の砲が意外に健闘していることや、50mm対戦車砲が活躍しているらしいこと、88mm砲はさほど実績が無いこと、105mm砲の直接射撃が行われていることなど面白い数字ではあります。

 これが1943年夏のオリョール地区での戦闘になると少し様相が変わって来ます。

短砲身50mm砲   10.5%

長砲身50mm砲   23%

75mm砲      40%

88mm砲      26%

 大口径砲が戦果を上げ始めていることがわかりますが、ドイツ軍が防戦に転じた雰囲気も漂ってきます。対戦車砲と戦車砲の区別が曖昧なことが残念です。

 そして1944年6月から9月にかけて、バクラチオン作戦時の第1白ロシア方面軍(この表記は「古い」ですか?)のT-34の損害には新たな要因が加わって来ます。

75mm砲     39%

88mm砲     38%

対戦車ロケット砲 9%

不明       14%

 パンツァーシュレッケ、ファウストパトローネやパンツァーファウストが前線に届き始めたことでソ連軍戦車は歩兵の対戦車攻撃によっても撃破されるようになって来ています。戦車と歩兵の力関係が変化してきた兆しです。ティーガー戦車は言うに及ばす、量産が進んだパンター戦車でさえ東部戦線全域で500輌を超えることは稀でしたから75mm砲と88mm砲の戦果のかなりの部分は対戦車砲との戦いで発生しているらしいことも想像できます。ドイツ軍の防御陣地を突破するために自走砲の火力支援が必須だったという事情も納得できるものがあります。

 そして1945年のベルリン攻防戦での第2親衛戦車軍の損害はこんな内訳です。

37mm砲     5.4%

75mm砲     36%

88mm砲     29%

105mm砲    6.6%

対戦車ロケット砲 22.8%

 市街戦となり近距離戦闘が増えてパンツァーファウストによる損害が深刻になっている様子が判ります。また、少数存在した高射砲か突撃榴弾砲なのかもしれませんが、緒戦のように105mm砲が直接射撃で対戦車戦闘に参加しているようでもあります。

 この時期のソ連軍戦車が対戦車ロケット対策で金網をまとっている理由もこの損害比率を見れば納得できます。同時にドイツ軍が大損害を覚悟で国民突撃隊にパンツァーファウストを担がせて前線に送り出した事情も見えてきます。

 次に1943年から1944年にかけてソ連軍戦車と自走砲が撃破された戦闘距離を見てみます。

75mm砲

100m~200m  10%

200m~400m  26.1%

400m~600m  33.5%

800m~1000m  7.0%

1000m~1200m 4.5%

1200m~1400m 3.6%

1400m~1600m 0.4%

1600m~1800m 0.4%

1800m~2000m  0%

88mm砲

100m~200m  4.0%

200m~400m  14.0%

400m~600m  18.0%

800m~1000m  13.5%

1000m~1200m  8.5%

1200m~1400m  7.6%

1400m~1600m  2.0%

1600m~1800m  0.7%

1800m~2000m  0.5%

 75mm砲全てと比較するとやはり88mm砲の方が遠距離で戦っている様子がわかりますが、見るべき点はどちらも主に400m~600mという比較的近い距離で勝敗が着いていることです。この程度の距離ならばドイツ軍重戦車の装甲も無傷ではいられませんから、東部戦線後期の戦闘は88mm砲の遠距離射撃が成功しない限り、相当ブラッディな様相だったようです。ドイツ軍戦車とソ連軍戦車の損害比率は戦争全期間を通じて平均的に1対4くらいの比率でドイツ軍有利で推移していますが、ドイツ軍戦車の装備と乗員の優秀性といった少々曖昧な要素だけではこの数字は稼ぎ出せそうにありません。ソ連軍戦車部隊の出血は対戦車砲の活躍による部分が相当大きいようです。

 東部戦線後期の戦いがこんな様子だったことはドイツ軍にとってもソ連軍にとっても長く記憶されることになります。

11月 8, 2010 · BUN · 4 Comments
Posted in: 砲兵の仕事, 陸戦

4 Responses

  1. Tweets that mention いろいろクドい話 » 砲兵の仕事 32 (T-34の損害要因) -- Topsy.com - 11月 9, 2010

    […] This post was mentioned on Twitter by kaz1568 and ぺりえ, MURAJI. MURAJI said: T34の損失理由 http://bit.ly/95LTF5 時期ごとにT34がドイツ軍の何の兵器で破壊されたのか割合が書かれてます […]

  2. あいしん - 11月 9, 2010

    なるほど
    やはり最後は近距離での殴り合いになることを信じていたからこそ、ソビエトはあれだけ戦車の数をそろえようとしていたのですか。自分が持っていた疑問が少し解決しました。

  3. 虎山 - 11月 10, 2010

     有難うございます。
     こういう数字は最近、何とかして調べたいと思っていたものでしたから、とても嬉しいです。

     初期は小口径砲が活躍していて、88mmの戦果が見られない点が意外でしたが、これはそもそも配備数(生産数)が違うからでしょうか。

     末期(ベルリン戦)のロケット砲2割超も意外です。やはり、市街戦は戦車にとって鬼門だということでしょうか。
     とは言っても、戦車の支援が無ければもっと悲惨なことになりそうですが。

  4. BUN - 11月 14, 2010

    あいしんさん

    いろいろな解釈ができると思いますが、まずはご参考まで・。

    虎山さん

    お役に立てて嬉しい限りです。のんびり続けますのでどうかお付き合いください。

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