砲兵の仕事 19 (機動力と火力)
第二次世界大戦開戦直後から火力主義の再生をめざしたイギリス陸軍でしたが、戦車戦術が発達した時代に対応するための機材更新に長い時間をとられることになります。くわえてフランス戦で海外遠征軍が重装備をほぼすべて失ったことで、その立ち直りに2年の月日を要しています。けれども、新型野砲や自走砲が配備されればすぐさま大規模火力戦が可能になる訳ではありません。火力戦の再生には失われた機材の充実だけでなく、火力集中を実現する組織の改革も必要です。
典型的な機動戦が繰り広げられた砂漠の戦いでは、砲兵を機動戦の急速な展開にどうやって対応させるかが重要なテーマになります。牽引式の野砲部隊をどのように戦車隊に追従させるかが工夫のしどころなのです。各国陸軍は「機動力」と「火力」という、相反する要素のどちらを優先するか、あるいは、どう折り合いをつけるか、に知恵を絞ります。そのために1942年に入ると機材の充実と前後しながらいくつかの変化が見られるようになります。
間接砲撃を行う砲兵部隊にとって前線観測所はまさに「眼」の役割を果たします。たとえ戦車に置いて行かれても「眼」さえついて行ければ目標が射程内にある限り対応できるということです。イギリス軍機甲部隊に随伴する前線観測所は当初からオープントップの装軌式車輌であるブレンガンキャリアに乗って移動していましたが、1942年からは戦闘に巻き込まれても安全な通常の戦車に前線観測将校が乗り込むようになります。砲戦観測用の戦車によって前線観測所が戦車と同等の機動力、防御力を持つようになったということです。観測戦車という兵器は単純に余剰の戦車に砲兵観測要員が乗っているのではなく、戦車部隊は観測戦車を連れていないと敵の対戦車砲を砲兵火力で制圧できず、極めて危険な近距離対決を迫られて撃破されてしまうことから必然的に生まれたものです。
こうした小さな変化に続いて1942年4月には組織上の変化が始まります。各師団レベルに砲兵指揮官が配置され、師団以下に配備された野砲を集中指揮できるようになります。前線観測将校は砲撃計画を変更する実質的な権限を持っていましたが、彼らの地位は横並びでしたから、砲兵の火力集中といっても迅速に実現できる規模は旅団レベルが事実上の限界でした。
この問題を解決するために旅団ごとに置かれた前線観測将校と野砲を統一指揮できる縦の関係が必要になり、旅団レベルでの分散と師団レベルでの集中を両立させて防御と攻撃の両面で柔軟性を持たせようという狙いです。砲兵指揮官を置くということは師団レベルでの砲兵本部機能を持つということで、師団レベルの火力集中という観点から本来は「歩兵の大砲」である迫撃砲の訓練までが砲戦指揮官に任せられるようになってきます。
さらに1942年秋には軍団レベルの砲兵集中を実現するために軍団砲兵指揮官が置かれます。 エルアラメインで実現したような大規模な火力集中はこうした組織改革の結果です。こうして第一次世界大戦当時に匹敵する大規模火力集中が復活するのですが、装甲車輌の発達により機動戦の速度が上がった第二次世界大戦では火力集中に必要とされる対応時間の短縮が大きなテーマになってきます。
このためにイギリス軍は野砲兵の「眼」である前線観測所に大幅な権限委譲を開始します。大規模火力集中を必要とする局面が突然訪れたときに、その場で前線観測所が火力集中の独断専行権を得られるように佐官クラスの砲兵将校を配置したのです。第一次世界大戦で生まれた最終防護射撃=「SOS射撃」が最前線からの要求を取捨選択できず砲弾の浪費と無統制に陥ったことを踏まえて、抑制の利く経験ある砲兵将校を置くという方法で指揮統制の混乱を避けようとした訳です。
イギリス軍では砲兵指揮官をより上位の組織に配置して大規模火力集中を実現すると同時に、機動戦に対応できるレスポンスを確保するためにより下位にある前線観測所の権限を大きくするという、傍目には矛盾と映るような組織を作り上げながら結果的に成功を収めていますが、それでも権限に見合った老練な判断力がある限り、そして充実した無線電話ネットワークが機能している限り、前線観測所への独断専行権付与は第一次世界大戦では数時間から数日まで必要とした集中射撃のレスポンスを短縮する効果があったのです。
機動戦への対応とレスポンスの短縮を目的とした編制改革を実施したのはイギリス軍だけではありません。ドイツ軍もこの観点からの改革をイギリス軍よりも早く1941年前半に実施しています。それは機動戦と砲兵火力についてドイツ軍も無関心ではなかったことを示すと同時にドイツ軍の考え方を教えてくれます。
8月 18, 2010
·
BUN ·
8 Comments
Posted in: ドクトリン, 砲兵の仕事, 陸戦

8 Responses
丁寧に説明していただきありがとうございます。
申し訳ありませんが、さらに質問です。
> 1942年からは戦闘に巻き込まれても安全な通常の戦車に前線観測将校が乗り込むようになります。
> 前線観測将校は砲撃計画を変更する実質的な権限を持っていました
> 旅団ごとに置かれた前線観測将校
> イギリス軍は野砲兵の「眼」である前線観測所に大幅な権限委譲を開始します。大規模火力集中を必要とする局面が突然訪れたときに、その場で前線観測所が火力集中の独断専行権を得られるように佐官クラスの砲兵将校を配置したのです。
ということは、1942年秋以降のイギリス軍は、
一個戦車旅団に一人づつ、佐官クラスの砲兵将校が配置され、
この砲兵将校は砲戦観測用の戦車に乗っていた、
ということでよろしいでしょうか?
「砲兵の仕事 9 (戦車のいない突破作戦)」に、第一次大戦末期のドイツ軍に関して以下の記述があります。
> 前線に配置される観測将校と各歩兵大隊に置かれた砲兵連絡将校が、電話連絡網を使って前線から臨機に砲撃計画を変更できるように組織され、各砲兵中隊は専任の前線観測将校1人以上とペアを組み、流動的な状況に対応できる人員と権利が与えられています。そして砲兵指揮官達は歩兵部隊との連携を密にするために作戦の総合的なレクチャーを繰り返し受け、自分達が支援する部隊をよく把握できるようになっています。こうした組織上の変革は砲兵を塹壕線突破後につづく機動戦に対応させるための工夫で、事前の砲撃計画に基づいた射撃を行っていた連合軍と異なる部分です。
つまり、1942年以降のイギリス軍は、
この1918年のドイツ軍砲兵システムの根幹となっていた火力発揮のための発想を、
少なめの熟練将校と、豊富な無線機、砲戦観測用の戦車によって
第二次大戦に適合する形で実施した、という事なのでしょうか?
(火力の目標については1918年のドイツ軍と1942年以降のイギリス軍には明白な違いがあるようですが)
ムチのムチさん
現実の編制が全てそのようになっているとは限りません。
そうした発想が現実となっていたと考えて置いてください。
人の考えることですから良く似てはいるんですが、第一次大戦のドイツ軍が目指したのは火力の機動性で、砂漠戦後期にイギリス軍が達成したのはその上でのより大規模な火力集中です。
重ねて質問させていただきます。
旅団に置かれた砲兵少佐には、
その旅団隷下の大隊・中隊に派遣して
火力調整をしたり、砲兵射撃の状況を観測・報告したりする部下はいるのでしょうか?
旅団(各国の連隊相当であっても)サイズに一人では、
第一線の火力運用で、手というか目の届かないところが多そうな気がしますので、質問させていただく次第です。
ムチのムチさん
イギリス陸軍の砲兵火力集中は縦の指揮系統(軍団レベル)と横の連携(隣接部隊との連携)を実戦向きにアレンジした点に特徴があります。その組織の中に独断専行権を持つ役職を置いたということです。
たとえばアメリカ陸軍の歩兵師団では前線観測所は臨機に砲兵集中を行う権限が無く、上位にある砲戦指揮センターが状況分析を行い師団砲兵指揮官が決断する原則です。実戦経験を積んだイギリス陸軍では「それでは遅い」と感じられたということですね。
重ね重ね申し訳ありません。
考えてみたのですが、この前線観測所が火力集中の独断専行権をもつ英国軍方式、
組織の指揮系統にこだわる日本軍や、
上意下達を重視するソ連軍、
職務にマイスター的にこだわるドイツ軍、
明文化・マニュアル化にこだわる米軍では採用は困難であり、
また仮に採用しても短期間の準備・訓練では、それぞれの軍隊の文化が障害となって、うまく機能するのに相当時間がかかりそうな気がします。
(特に、失敗したときの事を考えると責任の問題が…)
上流階級間の親和力が高い英国人の軍だからこそ、短期間の準備・訓練でもうまくいったのではないでしょうか?
(私が持っている各国文化のイメージが妄想に過ぎないのなら、これも全く妄想となるのですが…)
ムチのムチさん
砲兵の指揮統制といった狭い分野で国民性や文化を論じてしまうとちょっとリスクが大きいような気がします。
これから少し触れる予定ですが1942年のイギリス軍方式は翌1943年秋にはドイツ軍が採り入れて大いに活用していますから、どこの国では無理、といった話ではないようですね。
本文に
>大規模火力集中を必要とする局面が突然訪れたときに、その場で前線観測所が火力集中の独断専行権を得られるように佐官クラスの砲兵将校を配置したのです。
とありますがこれは前線観測所が要請した時即座に軍団レベルの火力集中が行われたということなのでしょうか。
その場合2ヶ所以上から同時に要請があったときどういう対応が取られたのでしょうか?
einさん
第一次世界大戦中であれば混乱が生じたと思いますが、第二次大戦中の指揮統制システムは前大戦とは比較にならない通信ネットワークを前提としていますから状況判断はそれなりにできたようですね。
Leave a Reply