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	<title>砲兵の仕事　１８　（エルアラメイン戦が示した原則） へのコメント</title>
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	<description>すこしバテ気味・・・。</description>
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		<title>ＢＵＮ より</title>
		<link>http://stanza-citta.com/bun/2010/07/28/752/comment-page-1#comment-887</link>
		<dc:creator>ＢＵＮ</dc:creator>
		<pubDate>Mon, 13 Dec 2010 12:26:10 +0000</pubDate>
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		<description>こばちさん

はじめまして。
砲兵戦術で大幅に後れをとったドイツ軍ではあっても、当のドイツ軍砲兵は「そんなことは分かり切っていた」と主張しています。
それではなぜ、ドイツ軍は砲弾生産が開戦後になってさえ落ち込んでしまうのか、という謎を解こうとすると、ドイツの工業が持っていた根本的な問題点は何だろう、といったところまで掘り下げることになります。
グデーリアン達の機動戦理論は流行りものの底の浅い理論でしたが、それが力を得た背景にはもっと根源的なものが横たわっていた、ということなのでしょう。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>こばちさん</p>
<p>はじめまして。<br />
砲兵戦術で大幅に後れをとったドイツ軍ではあっても、当のドイツ軍砲兵は「そんなことは分かり切っていた」と主張しています。<br />
それではなぜ、ドイツ軍は砲弾生産が開戦後になってさえ落ち込んでしまうのか、という謎を解こうとすると、ドイツの工業が持っていた根本的な問題点は何だろう、といったところまで掘り下げることになります。<br />
グデーリアン達の機動戦理論は流行りものの底の浅い理論でしたが、それが力を得た背景にはもっと根源的なものが横たわっていた、ということなのでしょう。</p>
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		<title>こばち より</title>
		<link>http://stanza-citta.com/bun/2010/07/28/752/comment-page-1#comment-886</link>
		<dc:creator>こばち</dc:creator>
		<pubDate>Mon, 13 Dec 2010 07:47:38 +0000</pubDate>
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		<description>敗れたロンメルが「イギリス軍砲兵は、またもやその有名な優秀さを示した。特に著しかったのは、攻撃部隊の要求に応じたその偉大な機動性と速度である」（デズモンド・ヤング著『ロンメル』）と言ってたようで、３～４００門の大砲を移動して一括集中運用するモンゴメリーに大分悩まされたようですね。

ドイツ軍は防備の固い正面を避け、弱い拠点を突破・浸透して包囲壊滅させる戦術に拘って、大量の火砲を集中運用させる研究が疎かになってたかも知れません。

当時のドイツ軍の機甲運用術がもっとも最先端で連合軍は遅れていると思っていましたが、それを撃破ったのは実は第一次大戦の焼き直しの砲術だと言うのは、盲点を衝かれた気がします。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>敗れたロンメルが「イギリス軍砲兵は、またもやその有名な優秀さを示した。特に著しかったのは、攻撃部隊の要求に応じたその偉大な機動性と速度である」（デズモンド・ヤング著『ロンメル』）と言ってたようで、３～４００門の大砲を移動して一括集中運用するモンゴメリーに大分悩まされたようですね。</p>
<p>ドイツ軍は防備の固い正面を避け、弱い拠点を突破・浸透して包囲壊滅させる戦術に拘って、大量の火砲を集中運用させる研究が疎かになってたかも知れません。</p>
<p>当時のドイツ軍の機甲運用術がもっとも最先端で連合軍は遅れていると思っていましたが、それを撃破ったのは実は第一次大戦の焼き直しの砲術だと言うのは、盲点を衝かれた気がします。</p>
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		<title>ＢＵＮ より</title>
		<link>http://stanza-citta.com/bun/2010/07/28/752/comment-page-1#comment-755</link>
		<dc:creator>ＢＵＮ</dc:creator>
		<pubDate>Thu, 09 Sep 2010 13:21:29 +0000</pubDate>
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		<description>rabbitさん

ご愛読ありがとうございます。
まさにその通りです。
ドイツ軍も同じように敵砲兵の探知を行います。
そして第二次世界大戦で最も優れた編制の砲兵部隊はドイツ軍砲兵の中でたった1個師団だけ出現します。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>rabbitさん</p>
<p>ご愛読ありがとうございます。<br />
まさにその通りです。<br />
ドイツ軍も同じように敵砲兵の探知を行います。<br />
そして第二次世界大戦で最も優れた編制の砲兵部隊はドイツ軍砲兵の中でたった1個師団だけ出現します。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>rabbit より</title>
		<link>http://stanza-citta.com/bun/2010/07/28/752/comment-page-1#comment-751</link>
		<dc:creator>rabbit</dc:creator>
		<pubDate>Thu, 09 Sep 2010 08:22:48 +0000</pubDate>
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		<description>第一次世界大戦の航空機運用から始まり,陣地戦・機動戦にいたる一連の記事を,大変興味深く楽しみながら読んでおります。赤本の「大砲撃戦」,「米英機甲部隊」等でさらっと触れてある,英軍砲兵の技術云々の記述の意味が初めてわかったような気がします。

さて,対砲兵戦においてイギリス・カナダ等連合軍側では,航空偵察だけでなく,音響・光学等様々な方策でドイツ軍砲兵の位置を割り出していると記述があります。

これに対して,ドイツ軍側ではどのようにして連合軍側砲兵位置を観測していたのかご存じでしょうか ?

第一次世界大戦で連合軍が使っていた音響・光学等の方策であれば,第二次世界大戦でドイツ軍が使うことも出来るのではないかと思います。一方的に位置を探り出されて,追われるばかりでは無いものと想像しております。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>第一次世界大戦の航空機運用から始まり,陣地戦・機動戦にいたる一連の記事を,大変興味深く楽しみながら読んでおります。赤本の「大砲撃戦」,「米英機甲部隊」等でさらっと触れてある,英軍砲兵の技術云々の記述の意味が初めてわかったような気がします。</p>
<p>さて,対砲兵戦においてイギリス・カナダ等連合軍側では,航空偵察だけでなく,音響・光学等様々な方策でドイツ軍砲兵の位置を割り出していると記述があります。</p>
<p>これに対して,ドイツ軍側ではどのようにして連合軍側砲兵位置を観測していたのかご存じでしょうか ?</p>
<p>第一次世界大戦で連合軍が使っていた音響・光学等の方策であれば,第二次世界大戦でドイツ軍が使うことも出来るのではないかと思います。一方的に位置を探り出されて,追われるばかりでは無いものと想像しております。</p>
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	<item>
		<title>ＢＵＮ より</title>
		<link>http://stanza-citta.com/bun/2010/07/28/752/comment-page-1#comment-730</link>
		<dc:creator>ＢＵＮ</dc:creator>
		<pubDate>Sat, 14 Aug 2010 00:41:25 +0000</pubDate>
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		<description>ムチのムチさん

御賢察の通りです。
高射砲と高射砲弾の生産は第二の東部戦線のようなものです。
そこに思い至るとは恐れ入りました。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>ムチのムチさん</p>
<p>御賢察の通りです。<br />
高射砲と高射砲弾の生産は第二の東部戦線のようなものです。<br />
そこに思い至るとは恐れ入りました。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>ムチのムチ より</title>
		<link>http://stanza-citta.com/bun/2010/07/28/752/comment-page-1#comment-729</link>
		<dc:creator>ムチのムチ</dc:creator>
		<pubDate>Fri, 13 Aug 2010 09:41:36 +0000</pubDate>
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		<description>「ドイツ軍名将列伝―鉄十字の将官300人の肖像」
 (学研M文庫)をみて、
第二次大戦時のドイツ軍は、
砲兵を経験した将軍の割合が
かなり高いのでは、という印象を持った
ことがあります。
（他国との比較がないと意味がない話かも
知れませんが…）

　さて、それはともかく。
当時のドイツは、英米の戦略爆撃対策として
大量の高射砲を生産していますよね。

ひょっとして、
大砲生産の為のリソース中の相当部分が、
この高射砲に取られてしまっていた
のではないでしょうか？

とすると、
これも戦略爆撃の大きな効果の一つ、
ということになるのでしょうが…</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>「ドイツ軍名将列伝―鉄十字の将官300人の肖像」<br />
 (学研M文庫)をみて、<br />
第二次大戦時のドイツ軍は、<br />
砲兵を経験した将軍の割合が<br />
かなり高いのでは、という印象を持った<br />
ことがあります。<br />
（他国との比較がないと意味がない話かも<br />
知れませんが…）</p>
<p>　さて、それはともかく。<br />
当時のドイツは、英米の戦略爆撃対策として<br />
大量の高射砲を生産していますよね。</p>
<p>ひょっとして、<br />
大砲生産の為のリソース中の相当部分が、<br />
この高射砲に取られてしまっていた<br />
のではないでしょうか？</p>
<p>とすると、<br />
これも戦略爆撃の大きな効果の一つ、<br />
ということになるのでしょうが…</p>
]]></content:encoded>
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		<title>ＢＵＮ より</title>
		<link>http://stanza-citta.com/bun/2010/07/28/752/comment-page-1#comment-721</link>
		<dc:creator>ＢＵＮ</dc:creator>
		<pubDate>Tue, 03 Aug 2010 20:05:50 +0000</pubDate>
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		<description>anfisaさん

戦車に置き去りにされない野砲兵を欲しがったのはヒトラーだけではありません。1941年の東部戦線を経験した戦車将校は誰もが自走砲の必要性を感じた事でしょう。
ヴェスぺやフンメルは廃物利用ではないんです。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>anfisaさん</p>
<p>戦車に置き去りにされない野砲兵を欲しがったのはヒトラーだけではありません。1941年の東部戦線を経験した戦車将校は誰もが自走砲の必要性を感じた事でしょう。<br />
ヴェスぺやフンメルは廃物利用ではないんです。</p>
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	<item>
		<title>anfisa より</title>
		<link>http://stanza-citta.com/bun/2010/07/28/752/comment-page-1#comment-720</link>
		<dc:creator>anfisa</dc:creator>
		<pubDate>Tue, 03 Aug 2010 04:44:29 +0000</pubDate>
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		<description>いつも楽しく拝見しております。

&gt;自走砲の増産開始が1942年初めから半ばにかけて
よく第二次大戦の兵器開発史を見ていると「役に立たなくなった２号戦車車体を、全て自走砲に改造するようヒトラーが命じた」などと書かれている事が多いですが、ヒトラー自身も火力戦への回帰を自覚していたということなのでしょうか。確かに兵器行政では結構まともな判断をしている人ですが……</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>いつも楽しく拝見しております。</p>
<p>&gt;自走砲の増産開始が1942年初めから半ばにかけて<br />
よく第二次大戦の兵器開発史を見ていると「役に立たなくなった２号戦車車体を、全て自走砲に改造するようヒトラーが命じた」などと書かれている事が多いですが、ヒトラー自身も火力戦への回帰を自覚していたということなのでしょうか。確かに兵器行政では結構まともな判断をしている人ですが……</p>
]]></content:encoded>
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	<item>
		<title>ＢＵＮ より</title>
		<link>http://stanza-citta.com/bun/2010/07/28/752/comment-page-1#comment-718</link>
		<dc:creator>ＢＵＮ</dc:creator>
		<pubDate>Fri, 30 Jul 2010 12:05:18 +0000</pubDate>
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		<description>虎山さん

両軍の火力戦という観点からエルアラメインを眺めると、ロンメルが必死に増援を求めた理由も理解できるような気がしますね。

uuchanさん

自走砲とはヴェスペとフンメルのことですが、105ミリ榴弾砲と150ミリ榴弾砲をどうやって戦車に追いつかせるか、という課題への回答です。でも、両車の総生産数は約700輌ずつ（弾薬補給車は除く）。
少ないですよね。

やはり火力戦は組織から作らないと駄目なんです。
それが1943年からの話となる予定です。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>虎山さん</p>
<p>両軍の火力戦という観点からエルアラメインを眺めると、ロンメルが必死に増援を求めた理由も理解できるような気がしますね。</p>
<p>uuchanさん</p>
<p>自走砲とはヴェスペとフンメルのことですが、105ミリ榴弾砲と150ミリ榴弾砲をどうやって戦車に追いつかせるか、という課題への回答です。でも、両車の総生産数は約700輌ずつ（弾薬補給車は除く）。<br />
少ないですよね。</p>
<p>やはり火力戦は組織から作らないと駄目なんです。<br />
それが1943年からの話となる予定です。</p>
]]></content:encoded>
	</item>
	<item>
		<title>uuchan より</title>
		<link>http://stanza-citta.com/bun/2010/07/28/752/comment-page-1#comment-715</link>
		<dc:creator>uuchan</dc:creator>
		<pubDate>Thu, 29 Jul 2010 05:53:08 +0000</pubDate>
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		<description>自走砲の増加が1942年からですと、北アフリカには間に合わなかったのですね。
ドイツ軍の砲兵部隊は完全に自動車化されず馬を使っていたために北アフリカには歩兵師団を送らなかったのでしょうか。
おそらく完全に自動車化されていたはずのアフリカ軍団における砲兵の運用はどうだたのでしょうか。難しそうです。ゴムタイヤとかヨーロッパ大陸よりも消耗が激しそうですし。

ロンメルは第一次大戦では、初期に少しだけ西部戦線にいて、ほとんどオーストリアやイタリアで活躍していたと思います。火力の怖さや、砲兵を運用するための空軍力は、あまり認識していなかったのかもしれません。
エルアラメライン以降、連合軍の空軍力の強さを認めてノルマンディーでは装甲師団を海岸線近くに配備する方針を主張した、とされていますが、艦砲射撃などの砲兵力についてはどのように認識していたのでしょうか。

いつも、ありがとうございます。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>自走砲の増加が1942年からですと、北アフリカには間に合わなかったのですね。<br />
ドイツ軍の砲兵部隊は完全に自動車化されず馬を使っていたために北アフリカには歩兵師団を送らなかったのでしょうか。<br />
おそらく完全に自動車化されていたはずのアフリカ軍団における砲兵の運用はどうだたのでしょうか。難しそうです。ゴムタイヤとかヨーロッパ大陸よりも消耗が激しそうですし。</p>
<p>ロンメルは第一次大戦では、初期に少しだけ西部戦線にいて、ほとんどオーストリアやイタリアで活躍していたと思います。火力の怖さや、砲兵を運用するための空軍力は、あまり認識していなかったのかもしれません。<br />
エルアラメライン以降、連合軍の空軍力の強さを認めてノルマンディーでは装甲師団を海岸線近くに配備する方針を主張した、とされていますが、艦砲射撃などの砲兵力についてはどのように認識していたのでしょうか。</p>
<p>いつも、ありがとうございます。</p>
]]></content:encoded>
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