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	<title>イワンのばか へのコメント</title>
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	<description>すこしバテ気味・・・。</description>
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		<title>スキュラ より</title>
		<link>http://stanza-citta.com/bun/2008/04/30/68/comment-page-1#comment-1074</link>
		<dc:creator>スキュラ</dc:creator>
		<pubDate>Fri, 06 May 2011 13:00:09 +0000</pubDate>
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		<description>極東の某国の、大陸での戦争相手はどうなんでしょうか。
記事内の６ヶ条がだいたい当てはまるようなモノ言いが、よく聞かれますが、
もしかしたら…
一旦そういう視点を得ると、もう何でも怪しく見えてきます。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>極東の某国の、大陸での戦争相手はどうなんでしょうか。<br />
記事内の６ヶ条がだいたい当てはまるようなモノ言いが、よく聞かれますが、<br />
もしかしたら…<br />
一旦そういう視点を得ると、もう何でも怪しく見えてきます。</p>
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		<title>はじめまして より</title>
		<link>http://stanza-citta.com/bun/2008/04/30/68/comment-page-1#comment-1073</link>
		<dc:creator>はじめまして</dc:creator>
		<pubDate>Fri, 06 May 2011 08:36:21 +0000</pubDate>
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		<description>航空機関係の検索からこちらを知りました。
どの記事も興味深く、興奮を覚えながら拝見させて頂いております。
特に「機動突破作戦の変遷」カテゴリーには大変新鮮なものを感じました。
「赤軍は物量のみならず実は理論でもドイツ軍を上回っており、それに否を唱える戦後独軍人の言い分はある種の『負け惜しみ』ではないか―」
コペルニクス的転回だと思います。言われてみればもっともで、例えば1944年夏、第2・第3ウクライナ正面軍のルーマニア征服におけるカルパート山脈の迂回と、その後の独新生第六軍の包囲殲滅、いわゆるヤッシー-キシニョフ攻勢などは本家ドイツの鼻をあかす見事なものであったと思います。
しかしそれでもドイツ軍、そして戦後の西側連合国において赤軍の評価が低いのは、思想的・政治的な背景のみならず「人命軽視」の要素が強かったのではないでしょうか。
事実ルーマニア戦の後、赤軍はハンガリー、スロバキアとカルパート山脈沿いの国々を次々手中に収めていくのですが、その際独軍の構築した堅固な山岳陣地に相次いで直面し、その度に無謀とも思える突撃を敢行、30万人以上の甚大な被害を被っています。
あるいはそうした戦場はイタリアのモンテ・カッシーノ同様「誰がやっても出血は免れない」類のものであったのかも知れません。
しかしこうした膨大な損害が戦中のドイツ、そして戦後の西側諸国の軍人達の目を眩ませ、木を見て森を見ざるが如き戦略分析の怠慢を生じさせたのではないでしょうか。（だとすれば数多の赤軍将兵の犠牲も「無駄ではなかった」のかも？）
とにもかくにも、多くの当事者にとって戦争とはやはり「正義の味方」と「悪役」が戦うもの。「敵よりも自分の方が優れている」と言う思いは切実でしょう。過去が後世の人々に都合よく書き換えられたり、忘れ去られたりするのも世の常。そんな中にあって歴史の隠れた面に光を当てる事は意義深いお仕事です。これからもどうぞお体に気をつけて、頑張って下さい。乱文乱筆、大変失礼いたしました。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>航空機関係の検索からこちらを知りました。<br />
どの記事も興味深く、興奮を覚えながら拝見させて頂いております。<br />
特に「機動突破作戦の変遷」カテゴリーには大変新鮮なものを感じました。<br />
「赤軍は物量のみならず実は理論でもドイツ軍を上回っており、それに否を唱える戦後独軍人の言い分はある種の『負け惜しみ』ではないか―」<br />
コペルニクス的転回だと思います。言われてみればもっともで、例えば1944年夏、第2・第3ウクライナ正面軍のルーマニア征服におけるカルパート山脈の迂回と、その後の独新生第六軍の包囲殲滅、いわゆるヤッシー-キシニョフ攻勢などは本家ドイツの鼻をあかす見事なものであったと思います。<br />
しかしそれでもドイツ軍、そして戦後の西側連合国において赤軍の評価が低いのは、思想的・政治的な背景のみならず「人命軽視」の要素が強かったのではないでしょうか。<br />
事実ルーマニア戦の後、赤軍はハンガリー、スロバキアとカルパート山脈沿いの国々を次々手中に収めていくのですが、その際独軍の構築した堅固な山岳陣地に相次いで直面し、その度に無謀とも思える突撃を敢行、30万人以上の甚大な被害を被っています。<br />
あるいはそうした戦場はイタリアのモンテ・カッシーノ同様「誰がやっても出血は免れない」類のものであったのかも知れません。<br />
しかしこうした膨大な損害が戦中のドイツ、そして戦後の西側諸国の軍人達の目を眩ませ、木を見て森を見ざるが如き戦略分析の怠慢を生じさせたのではないでしょうか。（だとすれば数多の赤軍将兵の犠牲も「無駄ではなかった」のかも？）<br />
とにもかくにも、多くの当事者にとって戦争とはやはり「正義の味方」と「悪役」が戦うもの。「敵よりも自分の方が優れている」と言う思いは切実でしょう。過去が後世の人々に都合よく書き換えられたり、忘れ去られたりするのも世の常。そんな中にあって歴史の隠れた面に光を当てる事は意義深いお仕事です。これからもどうぞお体に気をつけて、頑張って下さい。乱文乱筆、大変失礼いたしました。</p>
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